行間を読む 92 信楽高原鐵道列車衝突事故

ちょうど信楽駅に到着したところまでの下書きを書いた翌日、ニュースで「信楽高原鉄道事故から29年」というニュースがありました。その偶然にさすがに驚くとともに、「犠牲者42人」という鉄道事故では大事故だったのにもかかわらず、私の記憶になかったことに愕然としました。

 

信楽高原鉄道事故から29年 犠牲者42人の追悼式 滋賀 甲賀 

(2020年5月14日 14時12分   NHK NEWS WEB)

 

平成3年に42人が亡くなった滋賀県信楽高原鉄道の事故から14日で29年です。甲賀市の事故現場近くでは、新型コロナウイルスの影響で参列者を減らして追悼式が行われました。

 

平成3年5月14日、今の滋賀県甲賀市信楽高原鉄道の列車とJR西日本の列車が正面衝突し、乗客など42人が死亡し、628人がけがをしました。

29年がたった14日、事故現場近くの慰霊碑の前で追悼式が行われ、新型コロナウイルスの影響で人数を大幅に減らし、鉄道会社の幹部など6人が参列しました。

全員で黙とうをささげて慰霊碑に花を手向け、事故が起きた午前10時35分図技には哀悼の意を示す警笛を鳴らして列車が通り過ぎていました。

信楽高原鉄道の正木仙治郎社長は「安全運行に勤めながら努力をしていくことで、ご遺族や関係者に報いていきたいと述べました。

また、JR西日本の長谷川一明社長は「事故への思いは世代を超えて引き継いでいかなくてはならず、鉄道事業の中で安全性を確立していくことに、たゆまぬ努力を重ねなければいけないと思う」と述べました。

事故をめぐっては、遺族の高齢化が進み、鉄道事故の調査機関の設置を国に求めるなど活動してきた団体も去年解散するなど、教訓の継承が課題となっています。

 

最初、このニュースの「信楽高原鉄道の列車とJR西日本の列車が正面衝突」という状況がよく理解できませんでした。たしかに、終点の貴生川駅ではJR草津線も通っているのですが、線路もホームも別でしたから。

信楽高原鐵道列車衝突事故の概要を読み、当時はJRが信楽線に乗り入れていたことを知りました。

1991年5月14日10時35分頃、滋賀県甲賀郡信楽町(現・甲賀市信楽町)黄瀬の信楽高原鐵道信楽線・小谷野信号場ー紫香楽宮跡駅間で、信楽発貴生川行きの登り普通列車(SKR200形4両編成)と、京都発信楽行きの西日本旅客鉄道(JR西日本)直通くだり臨時快速列車「世界陶芸祭しがらき号」(キハ58系3両編成)とが正面衝突した。先頭車のキハ58形は全部が押し潰された上に全長のほぼ1/3が上方へ折れ曲り、SKR200系は先頭車が2両目とキハ58系とに挟まれる形で原型をとどめないほどに押し潰された。JR西日本側乗客の30名、信楽高原鐵道側乗員乗客の12名(うち運転士と添乗の職員が4名)の合わせて42名が死亡、直通下り列車の運転しを含む614名が重軽傷を追う大惨事となった。衝突した臨時快速列車は乗客で超満員の状態(定員の約2.8倍)であったため、人的被害が非常に大きくなった。

 

こんなに大事故だったのになぜ記憶になかったのか、西暦を見て思い出しました。

当時、私は東南アジアのとある地方に滞在していた時期でした。おそらく、常に内戦状態だった地域なので、伝わるニュースが限られていたのでしょう。

 

*医療の中にリスクマネージメントが広がり始めた時期*

 

1991年と92年、ちょうど私は都内のふたつの総合病院で働いたのですが、80年代から耳にしていたリスクという言葉も、91年まで働いた病院ではまだ漠然としたものでした。

 

東南アジアに1年ほど滞在して92年に再就職した病院では、インシデントを認め、報告するシステムが取り入れら始めていました。

その時に、このリスクマネージメントが運輸や製造など他分野の事故対応の経験からきたものであることを知りました。

 

もし1991年に日本にいてこの事故のニュースを聞いていたらまだ、少ない情報の中から「何が間違っていたのか」「誰のミスなのか」と原因を拙速に見つけようとし、亡くなったり怪我をされた方々のほうへと強く気持ちが動いていたのではないかと思います。

 

今、Wikipediaの「信楽高原鐵道列車衝突事故」の背景や原因、裁判を読むと、もちろん被害の甚大さに心が折れそうな内容で読むのもきついのですが、この事故に対応された方々の側の視点も見えるようになっています。

 医療にリスクマネージメントが取り入れられてから30年ほどですが、毎日、自分自身がもし医療事故に遭遇したらということを、常に考え続けてきたからかもしれません。

 

今は医療だけなくさまざまな分野でリスクマネージメントが取り入れられているでしょうから、同じように感じる方々もいらっしゃるかもしれませんね。

日常生活においてもインシデントという言葉を我が身のことと感じられるかあたり、社会の中でだいぶ差が広がっているのではないかと思うことが増えました。

 

 

 

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