散歩をする 268 松戸にある都立霊園を訪ねる

今まで漠然と都立霊園の名前を思い出す程度でしたが、「小平霊園のあらまし」に、「昭和10年には東方面の八柱霊園(松戸市)を併設」と書かれていて、飛び地のような都立霊園のある場所がどんなところなのか気になりました。

 

遠出をするようになって、けっこう常磐線に乗る機会が増えたので、松戸のあたりも何度も通過していますが、まだ歩いたことがありません。

地図を見るとJR松戸駅の方ではなく、武蔵野線東松戸駅北総線の松飛台(まつひだい)駅が近いようです。

一昨年、じゅん菜池緑地を訪ねた時に降りた、北国分駅の3つ先に松飛台駅があります。

 

また、昨年夏に武蔵野線から東武アーバンクラインに乗って水田を眺めに行った時に、すぐそばを通っていたようです。

江戸川を越えると、またトンネルや山を削った起伏のある場所を通ります。 

そのあたりだったようですが、あの時は中山競馬場の馬を車窓から見ることができるかということに気を取られていて、反対方向の地形や街は意識になかったのでした。

まさか、そこに「都立」霊園があるとは。

 

どんなところだろう、なぜ飛び地のように都立霊園があるのだろう、とにかく行ってみようと新年早々の霊園巡りです。

 

*八柱都立霊園*

 

馬喰横山駅で、北総線直通の電車に乗り換えです。駅構内に、駅そばの香りが漂っていて、ついつい寄り道をしたくなりましたが、冬の日は短いので先を急ぎます。

 

浅草線と京成線、そして北総線も路線図が複雑で、たまに乗るくらいだと行き先を間違えそうになりますね。あやうく成田空港に行きそうになりました。

京成線の区間は、たくさんの川を渡る風景です。このあたりの川はすっかり覚えました。

 

江戸川の対岸は、低地に田畑が広がり、その先に市川の小高い場所があります。江戸川が利根川から開削された人工の川であることを知らなければ、あの高台も川が作り出した河岸段丘だと思ってしまいそうです。

まるで武蔵野台地のような場所がその先に続いているようなイメージです。

でも、実際に北総線に乗って見ると、北国分駅の手前はトンネルになったり、切通しになっていたり、この先に本当に広大な霊園があるのだろうかと思う複雑な地形が繰り返し車窓に見えます。

 

松飛台駅周辺も少し窪地になったような場所で、そこから北へ少し坂を上ると、広い平らな場所が広がり、そこに八柱霊園がありました。

駅北側の地名でもある「松飛台」は、旧陸軍が監督した逓信省航空局中央乗員養成所の飛行場の滑走路が所在した台地に由来する。格納庫等があった東が松戸駐屯地、誘導路があった西が八柱霊園の一部にあたる。

Wikipedia「松飛台」の「駅名の由来」より)

それで、こんなに広大な土地を都立霊園にできたのですね。

飛び地の理由が少しわかりました。

 

南側には壁型の墓地が広がり、暮石には「〇〇家」に混じって、家や個人名ではなく「感謝」とか「こころ」といった文字が刻まれているものもあり、これもまた時代の変化なのでしょうか。

 

地図では園内に細長い水色の場所が描かれているので、そこまで歩いて見ました。細長い小さな谷津のような場所でしたが、水はありませんでした。そのまま北側へと下り坂になって行くようです。

 

もう一度南の方へと歩き、東松戸駅からバスで松戸駅に行きました。

途中の風景も起伏が多く複雑な地形で、平らな場所には工場が多く見えました。同じ関東でも、神奈川や東京、埼玉とも違う千葉の起伏に富んだ地形というのはどんな歴史があるのでしょうか。

今年は少し、この辺りを歩いてみたいと思いなから家路につきました。

 

 

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