佐賀平野のクリークの不思議な広がり方を地図で見つけて驚き、まず探したのが水源となる川でした。
倉敷の高梁川からの東西用水酒津樋門のように、大きな河川からの取水口を探しました。
でも見つかりません。
地図で佐賀市周辺の用水路を眺めていると、用水路が北から南へと流れているものと、西から東へと流れているように見えるものと、法則性があるような気がしてきました。
となると筑後川からの取水でもなさそうで、西側に嘉瀬川がある以外は山から細い河川が流れてくるだけで、とてもあの広大な水田地帯に水を送ることはできなさそうと素人目に思いました。
その答えが「肥前佐賀の水土の知」の「第三章 特異な水土② 江湖と淡水、クリーク」に書かれていました。
*「江湖と淡水、クリーク」*
驚いたことに、水源らしい水源がなくてあの広大な干拓地が造られたことが書かれています。
通常、川というものは山の中から流れ出て平野に達する。しかし、この地には、平野から流れる不思議な川が何本かある。無論、水源はない。
有明海の旺盛な造陸現象は、佐賀平野に奇妙な爪痕を残した。佐賀江(さがえ)、八田江(はったえ)、本庄江(ほんじょうえ)・・・。地元では江湖(えご)と呼ぶ。干潟の澪筋(みおすじ)が川の形で残ったものである。当然のことながら、干潮時には左下の写真のように川も干上がる、しかし、この江湖こそが、佐賀平野の天然の排水路として絶大な役割をになってきたのである。
「佐賀江」は地図では「佐賀江川」と表示されていて、佐賀城のあたりから東へ流れ、筑後川へと合流しています。
あまりに複雑なクリークのどこを歩こうか迷っている時に、その佐賀江川沿いに蓮池神社と蓮池公園を見つけました。そして、その先からぐいと南へと向きを変える場所に排水機場があって、しばらく南下したあと筑後川へと合流しています。
距離感がつかめず、壮大な計画を立てていたので、この蓮池公園から筑後川まで歩く計画を立てていましたが、現地に行って「無理」となりました。
でも目の付け所は良かったようです。
とりわけ、佐賀江の役割が大きかった。
佐賀江は、上の図でも分かるように西から東へ流れ、巨勢川、焼腹川、中地江と行った幾つもの河川を集めて筑後川へ流している。近年までは、佐賀市と筑後川を結ぶ運がとして大動脈の役割も果たしてきた。さらに、この水源を持たぬ川・佐賀江には、もうひとつの重要な役割があった。
人々はこの川から水田へと大量の水を取水したのである。
「水源を持たぬ川」「この川から水田へと大量の水を取水した」
矛盾するこの文章は、何を意味しているのでしょうか。
*「押し上げられた水を"淡水(あお)"と呼ぶ」*
この第三章をなんども読み返したのですが、いつ頃、誰が、この原理を見出したのだろうと圧倒され続けています。
前述したように、有明海の干満差は平均5mを越える。満潮時、この平野で最も低いところを流れる筑後川の水は海面の上昇に押されて、激しく川を逆流する。つまり、河川水が上流へと押し流されるわけである。その速度は、秒速4m以上というから凄まじい。感潮区間は、筑後川河口から上流約30kmに及ぶという。この逆潮減少によって押し上げられた河川水は、筑後川の本流、支流、そして江湖を逆流し、この海抜ゼロメートル以下の低平地の上流部にまで送り込まれるのである。
海水は比重が重く、川の流れの下へ潜る、そこで上層の水だけをすくえば、水田の用水として使用が可能になる。
地元では、この押し上げられた水を"淡水(あお)"と呼ぶ。
佐賀江は、この淡水(あお)の主要な取水河川として、その南に位置する広大な水田を潤してきたのである。そして、その"淡水(あお)"の貯水池として、用水路として、また排水路として機能してきたのが、この地独特の水利施設、クリークである(地元では堀と呼ぶ)。
(強調は引用者による)
干拓地といっても、その造られ方や水の得かたは全く異なるのですね。
この平野の北側に連なる脊振山地は山が浅い。河川といえば嘉瀬(かせ)川のみであり、干拓により拡大した広大な平野を潤すだけの集積面積をもたない。また、大河川である筑後川は、この平野の最も底部に位置し、河床が低いため、この川から取水することは地形上無理であった。1年間に20haという干拓によって平野はどんどん海に向かって広がっていく。当然のことながら、水は絶対に不足する。干拓地はほとんど勾配をもたない低湿地である。田の排水をどうするか。クリークは、これらの地形的矛盾を解決すべく考え出された農民の偉大な遺産ともいうべきものであろう。つまり、この地における干拓とは、クリークを造ることでもあった。
40年前に訪ねた友人の実家の水田は、こうやって造られ、水を得てきた水田だったのでした。
友人はこの長い時間をかけて造られた水田を見せたかったのかもしれないし、友人のお父さんはもしかしたらクリークについて何か説明してくれたのに私の耳には全然入っていなかったのかもしれないと思うと、時計を巻き戻してあの日に戻りたいものです。
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