鵺(ぬえ)のような 10 急に何かが動く瞬間がある

「飲む中絶薬」がまたニュースになっていて、産科診療所に勤務していると胃が痛くなるような内容だろうと思いつつ、NHK NEWS WEBの「『経口中絶薬』の使用 承認申請 国内初:手術を伴わない選択肢」(2021年12月22日)を読み、そのTwitterでの反応を読みました。

 

 

*妊娠の診断から安全に妊娠を終了するためのコスト*

 

 

案の定「ぼったくり」とか散々な反応の中、現状を理解されている方の意見がありほっとするとともに、私自身、医療経済がわかっていないので勉強になりました。

これはミスリード

NCBIのページによると(Mifegymiso)の価格は1キットあたり300ドル。またこの薬は処方薬であり医師の診察がないと買えません。

 

「医師の診察」というのはきちんと子宮内に妊娠しているかとか、他に疾患が隠れていないかとか、必要な採血をして感染症とか血液型不適合の可能性など、中絶を安全に行うだけでなくのちのち女性に大きな負担を強いる状況をできるだけ見落とさないようにすることも含まれていると思います。

 

「薬で簡単に中絶できるという捉え方をされないか懸念」(NHK ニュース)というのは、「740円」があまりにもイメージとして広がりすぎて、妊娠の診断から安全に妊娠を終了させる技術はわずかこの20〜30年ほどに確立されたもの人の歴史の中でも驚異的な変化 だったことが知られていないことへの懸念だろうと私は理解していました。

 

国内だと内外価格差や治験費用もかかるから倍ぐらいの価格になる。なお日本では新薬扱いになるので10年間は後発薬は特許の関係で出せない。そこに産婦人科の診療費用がかかるから10万くらいは妥当。

一つの製品や薬品が安価にそして安定して供給されるまでには時間が必要だということは、医療現場にいても忘れやすいことだと改めて思いました。

 

 

*「入院が可能な医療機関で」の意味*

 

もうお一人、こういう意見を書かれていた方もいらっしゃいました。

アメリカやカナダでも3万円前後の薬価ですので、入院での管理など含めたら10万円ほどの費用になるのは仕方ないのでは。

 

なぜ入院管理が必要か。

薬を飲んでからいつ子宮内容の排出が始まるか個人差があると思うのですが、平日の日中なら、処方したところへ相談できることでしょう。

 

では夜間や休診日に出血や腹痛、そのほかの症状があった時どこが対応するでしょうか?

きっと近くの施設を探して、それは分娩施設になるわけで、そういう施設はそれまでかかったことがない人を受け入れる余裕はないのが現状。

都内近郊の病院が多い地域でも、妊娠というだけで夜間休日に救急診療の受け入れ先を探すのは大変です。

 

妊娠の診断から中絶が終了するまでは、入院設備のあるところが責任を持って行うとなれば、入院費も発生することになります。

 

そういう意味だと思うのですが、なんだかうまく伝わらないですね。

その産婦人科医療を築いてこられた先生方に向かって、こうして簡単に社会が牙をむくのはあの産科医療崩壊の頃を思い出して胃が痛くなるのです。

何がそういう雰囲気を社会に起すのでしょうか。

そんなに産婦人科の先生は女性に無理解な悪徳業者のように見える人がいるのでしょうか。

 

人工妊娠中絶も流産手術もしている施設に勤務し続けてきましたが、これだけ医療事故にピリピリし新たな対応を取り入れ続けている産婦人科ですが、現在の方法の安全性に大きな問題があればスタッフからもおかしい、変えなければという声があがるはずだと思います。

 

ぼったくりでもなく、自施設での持ち出し分も多い中、安全性と社会の変化を配慮しながら粛々と医療を提供していくしかないですね。

 

やはりネット上の特殊な、イメージをもとにした意見の広がり方があるのかもしれません。

誰を、何を正したいのでしょうか。

今の雰囲気は、また何か大きなものを失うような気がして胃が痛くなるのです。

 

 

 

 

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