存在する 28 存在を証明するためのシステムに無力感

自分の存在を証明する方法に求めているのは、生まれた時の証明とその個人が生活してきたことの証明であり、自分の人生の最期の最期までできるだけ家族や他人に頼らなくて済む公的に身元が保証される契約でした。

 

 

生前でも「公的に身元が保証される契約」にたどり着くまで体が不自由になった両親を連れて家族や誰かがが奔走しなければならないシステムが改善してほしいと思いましたが、「生まれた時の証明」は両親が亡くなってからむしろ大変だったことは皮肉なことでした。

この世に生まれた時から、いえ胎児治療もあるのでこれからは胎児も含まれるのでしょうか、そして死ぬまでその個人を単位とした連続した記録、それを一元化するイメージでした。

 

そしてそれは経済性のためではなく、まずは個人への尊厳が守られるからこそのシステムではないかと。

 

アナログな方法だろうとデジタル化だろうと、その根幹となるのは変わらないはずだと思っていました。

 

その根幹が見えないまま、存在を証明するとお金になるような方法でカード化だけが進められたことに大いに不信感が出ました。

お得感を求めていたのではなく、自分の存在を証明する確固たる方法を求めていたのですけれど。

 

さらに、システムの一元化よりもカードと健康保険証の一元化が半ば強制的に施行されることが急に伝えられたのには驚きました。

社会も医療機関未曾有の感染拡大で青色吐息の状況なのに、健康保険証原則廃止は現場への負担は大きそうだと憂鬱になりますね。せめて終息宣言が出てからではダメなのでしょうか。

苦しい疲れたもうやめたでは人の命は救えないから対外的には文句も言わずに乗り切ってきて、今社会全体に疲弊しきっているのに、それが今医療現場にどれだけ必要性があるかわからない方法に対応せよと急に言われても無力感しかないですね。

 

 

夢のような世界が次々と実現されるので人類は万能かのように錯覚しそうですが、所詮は人間のすることですから大規模なシステムダウンとか通信障害があるたびに、これはリスク分散が大事だと痛感しています。

母が通院していた病院でも電子カルテに障害が出て、混乱した時がありました。

日常生活もやはり完全なキャッシュレスではなく基本現金で、あとはPASMOなどで支払うという二つの方法に落ち着いています。

さらに、自然災害が頻発する国ですからね。

 

一元化よりもリスク分散が大事。

そしてカードよりも、もっとシステムを変えることはできるのではないか。

 

 

こんなことを求めていたわけではなかったのに、なんだか逆手に取られたような無力感が強くなるこの頃。

 

とりわけ日本の政治の歴史の中では重大事故レベルのことが起きているように見えるのにうやむやのまま強権的な姿勢が垣間見えて、今、自分の存在証明を託して大丈夫だろうかと心配になっています。

 

そして、どうみても今までの進め方はうまくいっていなかったからのこの急展開のように見えますが、「失敗はなかった」ことにされるような国に自分を証明することを任せることはできないですからね。

 

 

「丁寧に説明」「緊張感を持って」「スピード感を持って」という言葉を耳にすると裏があるのでは、という嫌味も言いたくなるこの頃です。

 

 

 

 

 

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