落ち着いた街 31 「佐原駅周辺案内」

利根川にかかる水郷大橋を渡ってすぐの幸田橋バス停で下車しました。ここから国道356号線を利根川の堤防沿いに西へと歩くと、水神社があります。ここを訪ねようと少し歩き始めたのですが、少し暗くなってきたのであきらめました。

改めて地図を見るとその水神社の先が「石納(こくのう)」で、利根川左岸にもある地名でした。旧河道で袂を分つような歴史があったのでしょうか。

 

佐倉駅へ向かって歩くと、途中、大きな水路がありました。すぐ先の山に水路が消えています。水面が穏やかなので水はどちらに流れているかわからないのですが、地図で見ると水郷大橋の少し手前で大須賀川と合流しているようにも見えます。

 

JR成田線の北側の街は平地が続き、国道沿いに発達した比較的新しい街の印象でした。

 

陸橋を渡ると南側は一変して古くからの街になり、駅舎周辺も観光向けに整備された雰囲気でした。

 

駅の前に「佐原駅周辺案内」がありました。

散歩をすると、最近は必ずこうした地図を写真に撮るようにしています。駅前や観光案内所の地図はその地域の歴史や生活がわかるので観ていて楽しいですし、散歩の記録を書くときに見直すと見落としていた大事なことが書かれていたりします。

 

佐原駅周辺案内図」は一見、どこでも見かける普通の地図でした。

翌日歩く場所を見てみると、パソコンのマップには載っていなかったような細い水路名の表示があるだけでなく、暗渠化された水路名と暗渠化された年度まで書き込まれていました。

 

先ほどの途中の水路が両総用水だとわかっただけでなく、「昭和27年完成」であること、そして水色の小さな矢印が書き込まれていて水の流れがどちらなのかもわかりました。

大須賀川へと流れて合流しているのではなく、利根川から取水した水をはるか九十九里平野へと導水していたのでした。

そういえば2018年に歩いた干潟駅のあたりに利根川からの用水路があったと思い出したのですが、あれは大利根用水でした。

 

房総半島の太平洋側へと導水するのですから、利根川の水の歴史は本当にダイナミックですね。

 

 

そして地図にはところどころ大小の水色の場所があります。

どうやら水田地帯が描かれているようで、そこからの用水路が街の中をどのように流れているかまでわかりました。

 

やはり水郷の街ですね。

こんなに水路名と歴史が網羅された地図は初めてで、翌日の散歩に心が弾みました。

 

 

ところで、「さはら」だと思い込んでいたら「さわら」でした。ほんと、日本語は難しいですね。

 

 

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