散歩をする 431 バスで近江今津から若狭へ

3月中旬、早朝の真っ暗な中でも頻繁に貨物列車が通過する音がしています。

5時14分、東の空がうっすらと明るくなり始めると琵琶湖の湖面が闇から現れはじめました。それまでは街の信号の明かりだけだったのに、車が増えてきました。朝早い仕事もたくさんありますね。

6時過ぎにはチェックアウトして、山側から琵琶湖へと流れる小さな水路の上側をたどってJR大津駅まで歩きました。小さいのに水量が多いことに驚きます。

 

6時21分のJR琵琶湖線姫路行きに乗って一駅の山科駅で下車し、6時38分の湖西(こせい)線長浜行きに乗り換えました。朝早いのにどちらも通勤通学の人で混んでいました。もはや歩くだけでは到底追いつかない生活のペースですね。

 

小野駅のあたりから海のような琵琶湖が広がり、東からの朝日が光の道のように湖面に反射して神々しい風景でした。天気が良い朝は眩しすぎて琵琶湖西岸側からは東の方をずっと眺めることもできない、そんな生活なのですね。なんとも不思議な空間でした。

 

東海道新幹線滋賀県に入ると、灰色の屋根と黒い壁の家々の集落と水田地帯が息を呑むような美しさですが、この西岸側は少し雰囲気が違いますね。

大きな集落が少ないのは、干拓地の広さや時期にも関係があるのでしょうか。和邇(わに)駅のあたりで水田がみえ、琵琶湖に向かって畦道を犬と散歩している人の姿が見えました。うらやましい生活ですね。

 

蓬莱を過ぎる頃から湖面の色が分かれ、しだいに対岸も霞んで見えなくなりました。海原のような広さです。

石積みの棚田が湖に向かってありました。東岸とも違う風景です。

時間帯によって場所によって琵琶湖の景色が変化していくのは本当にダイナミックですね。

 

あっという間の1時間ほどの車窓の散歩が終わり、7時38分に近江今津駅に到着しました。

バスの時間まで40分ほどあるので、琵琶湖湖畔まで歩いてしばらく水面を眺めました。

駅に戻ると、新興宗教の勧誘の人たちが立っていました。

 

 

*JRバスで遠敷バス停へ*

 

前日に東大寺二月堂を歩いた時、二月堂の裏手に「遠敷神社」がありました。

 

ここから8時15分の西日本JRバス若江線に乗ると、50分ほどでその小浜市の若狭神宮のある遠敷(おにゅう)バス停まで行くことができます。小浜でも日中は20度近くの予想気温で、春の大雪にならなくですみました。

 

県境を越えますがICカードが使えるようです。バスに乗ると、もう一人の乗客を乗せて出発しました。

湖西線の車窓からだけではわからない街の中をぐるぐるとまわると、近江今津には古くからの立派な日本家屋があちこちに残り、美しい川や水路が見えました。

上り坂になり、街道沿いにはまた美しい水田地帯が琵琶湖の方へ向かって緩やかに広がっています。

 

先ほどの川は石田川で、その川沿いに国道303号線をまっすぐに進んで行きました。

Wikipediaの説明を読むと、美しい水田地帯の風景も大正に入ってからのようです。

1909年(明治42年)には石田川の水では畑作に十分な水を確保できないため、藺生・上弘部・下弘部で耕地整理組合を発足し、ため池や灌漑水路を作り、1915年(大正4年)には540反あまりの水田を整備した。

 

バスはしだいに山あいに入り、もう一人のかたが下車されて乗客は私一人になりました。

交通量は多くトラックや乗用車が途切れることなく通っています。小学校でしょうか廃校跡が小さなプールとともに残っていました。

 

さらに上り道になり、杉林が広がるところで県境になりました。

熊川宿と鯖街道の看板が見えました。鯖街道は途中で山間部を京都へと陸路で行くのだと思っていましたが、もう一度wikipediaの鯖街道を読み直して、小浜から「今津へ抜け、琵琶湖上の水運を経由して大津まで至るルート」もあったことを思い出しました。バスで通ってきたところを、昔の人は鯖を担いで運んだのでしょうか。

 

県境を越えたらまた山道を下るのかと思っていたら、熊川宿からは山あいではなく一気にひらけてくるような場所に入りました。

小浜湾に注ぐ北川沿いに水田地帯が広がる風景ですが、Wikipediaの説明を見ると北の山のあたりの水源から一旦南下した川が国道303号線の辺りで西へと直角に流れが変わっています。不思議な流れですね。水量の多い川でした。

 

途中のバス停でぽつりぽつりと乗る人が増えてきました。

 

あたりはすっかり春の風景で、一面の緑の草とたくさんの花が咲いています。水田地帯を通る懐かしい小浜線とその向こうに北川が見えます。落ち着いた黒い瓦屋根の家が多く、水田地帯の真ん中にも休憩のためでしょうか、おしゃれな東屋がありました。

新興宗教の建物も見えました。いつ頃から広がったのでしょう。

 

2年半ほど前に車窓からみえた「遠敷川」に縁があってまた訪ねることになり、遠敷バス停で下車しました。

 

 

*おまけ*

国道303号線はどこからどこまでだろうとWikipediaの説明を見たら、なんと岐阜県揖斐川上流から遠敷まででした。私の頭の地図にはない交通網を昔の人は歩いて行き来していたのですね。

 

 

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