水のあれこれ 356 糸川水系、初川水系、熱海和田川水系が集まった熱海

東海道本線東海道新幹線は、熱海駅を出ると大きく西へと向きを変えてそのまま丹那トンネル・新丹那トンネルが真っ直ぐ続きます。

新幹線の車窓からは熱海駅を通過したあと海が一瞬見えて短いトンネルに入り、眼下に来宮駅とまた海が見えるとすぐにトンネルに入る区間です。最初の頃はただ海を見逃さないようにと集中していました。

 

しだいに、その急斜面に建ち並ぶ家々やマンションなどに圧倒されるようになり、いつ頃からどうやってこんな崖っぷちのような場所に家が増えていったのだろうと気になったままでした。

 

今回、初めて熱海駅から来宮駅のあたりを歩いてみようと地図を眺めていて、細い川が海へと流れ込んでいることがわかりました。

来宮駅をはさむように東側には来宮神社の境内のそばを流れる川があり、西側には熱海梅園の間を流れています。その間はわずか200~300mぐらいでしょうか。

そして南側のロープウェイの手前にも川があり、最後はわずか300mほどの海岸線へその3本の川が流れ込んでいます。

 

トンネルに向かうためだけでなく、急峻な渓谷のような3本の川を通過するために最良の場所を選びながら山肌に沿うように線路が大きく西へと曲がっている場所だったのでしょうか。想像しただけでも「難所」だと思えてきました。

 

 

*初川沿いを歩く*

 

Macのマップではその真ん中の「初川」しか川の名前が表示されないのですが、熱海梅園の中を流れたあと「水口町」を流れているようです。「水」がつく地名はどんな場所なのだろうと訪ねることにしました。

予想以上の花見客でためらったのですが、せっかくなので梅園の中の初川を眺めたあと、水口町のあたりを初川沿いに歩いてみました。

 

梅園の中もそこそこ水量はありましたが、下り坂をしばらく歩くとしだいに轟轟と水音が聞こえ、川幅数メートルもないのに駆け降りるような流れでした。

途中、「昭和11年7月竣工」とある橋のあたりからしだいに勾配が緩やかになって市街地へ入り、ところどころ河床に段が造られている場所に白い波が立っています。

ふりかえると、すぐそばに先ほど降ってきた小高い山が迫りその斜面に見上げるように家が建っています。

水口町が終わり中央町になり、電柱に「津波注意 海抜8m」の表示がありました。

 

来宮駅周辺は海抜71mで、そこからのんびり下ってきたわずか20分ほどで海抜8mですから、ほんとうに水も駆け降りるような場所でした。

 

しばらく平地を歩き、もう一本の川を渡ると息が切れそうな上り坂沿いの繁華街を抜けて熱海駅につきました。熱海駅もまた海抜70mぐらいのようです。

 

 

*三つの水系がまとまる場所*

 

初川で検索したところ、「糸川水系、初川水系、熱海和田川水系 河川整備基本方針」(平成27年静岡県)が公開されていました。

来宮駅の東側の川が糸川のようです。

その中の絵図を見て、熱海駅を通過した後の風景というのはこの3つの水系によってできた地形だということがわかりました。

 

位置関係・流域面積・流路延長

 糸川、初川、熱海和田川は、その源をそれぞれ岩戸山(標高730m)、鷹ノ巣山(標高約670m)、玄岳(標高800m)に発し、熱海市街地を貫流して熱海港に注ぐ二級河川である。流域は、伊豆半島の東側に位置する熱海市の中央部に位置している。

(上記資料)

 

水源地の山もそれほど高くないし、それぞれの川の長さも3kmほどと「小さい規模の川」に見えますが、そばを歩くとちょっと足がすくむような流れでした。

さぞかし災害が多かったのだろうと思ったのですが、意外にも「糸川、初川、熱海和田川においては、これまでに豪雨や台風による風水害に見舞われたという記憶はない」とあります。

 

資料の「近年の土砂災害一覧」には、以下のように書かれていました。

初川・熱海和田川流域内では、平成2年以降、豪雨による土石流が3件発生している。人的被害はない。

 

「しずおか河川ナビゲーション」の「初川水系」に説明がありました。

治水事業の沿革と現状

初川は、これまでに豪雨や台風による風水害に見舞われたという記録はないものの、中上流部は河床勾配が1/20以上と急流なため、昭和27年から昭和47年の間に砂防指定地に指定され、土砂災害の防止を目的とした砂防堰堤や流路工が整備されている。また、初川本川流入する谷では、平成10年8月に土石流が発生している。

河川改修に関しては、災害復旧事業や県単独事業により施設整備が行われてきた。今後の気象変動に伴う豪雨の激化により、市街化が進み人口や資産等が集中する沿川においては、河川の氾濫や土砂災害が発生した場合には大きな被害となることが懸念される。

初川流域を含む熱海地区における津波被害に関しては、元禄16年(1703年)に発生した元禄地震により、沿岸部に高さ7mから29mの津波が到達し、住宅500戸のうち10戸程度しか残らなかったとの記録が残っている。

また、大正13年(1923年)に発生した関東大地震では、6mから9mの津波により、家屋162戸が流出し、死者・行方不明者92人との記録が残っている。

 

どんなに小さな川でも水源を確定して水系を把握し、その地域の災害史も踏まえた上で私が生まれるよりもずっと前から寝ずの番で守られてきていることをまた知りました。

 

 

 

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