散歩をする 508 御所原駅から白須賀へ

ちょっと間があいてしまいましたが、湖西用水が潤している地域を訪ねた記録です。

 

浜松駅から東海道本線豊橋行きに乗りました。通勤時間帯だというのに豪華な車両で、クロスシートなので車窓の風景を見ることができます。

たくさん乗車していた人たちは、高塚駅で下車しました。そこにある工場への通勤だったようです。

しばらく新幹線の線路と並走区間ですが、残念ながら一本も通過しません。美しい透き通った浜名湖の水を眺め、新居町駅を過ぎると少し高台になり田んぼやため池が見えたあと切り通しになり、8時57分新所原(しんじょはら)駅に到着しました。

 

新所原駅天浜線との接続駅でもあるので古くからの街かと思いましたが、周辺は新しい住宅地のようです。

駅ができるまでは、旧新所村の入会地の原野で駅名の由来になる。ほとんど開発されなかったが、1980年代後半以降、駅周辺は住宅地や商業地の開発が進み、隣接駅の二川駅よりも賑やかである。

Wikipedia「新所原駅」「駅周辺」

ということは、1960年代半ば、東海道本線と山陽本線を乗り継いで祖父母の家へ行った時はこの辺りはまだ「原野」が広がっていたのでしょうか。

 

南口から歩き始めました。

駅の200mほど西側に境川が流れていて、愛知県との県境です。駅前から緩やかに下って境川に近づき川をのぞき込むと、なんと水が南側(海側)から北へ流れていました。

北側の丘陵地帯から遠州灘へと流れているものだと思い込んでいたのですが、地図で確認するとたしかに海側のどこかに水源があって、北へと流れ、そして御所原駅の近くで西へ向きを変えて最後は三河湾へ出るようです。

やはり蟹の腕のような渥美半島の水は三河湾へと流れ、遠州灘沿いは水が得難いようです。

 

途中で東へと曲がって大きな工場の前の道を歩いていると、夜勤明けの方々が帰宅するのとすれ違いました。

2月中旬だというのに歩いていると汗が出るような日差しです。

もう一つのソニーの工場の敷地が終わるあたりから、新幹線の走行音が聞こえてきました。高架橋が目の前です。

ソニーの敷地の大きな池は新幹線の車窓から見覚えがあったのですが、この地で「池がある(水がある)」意味を知ると、また風景が違って見えますね。

 

高架橋をくぐりさらに南へと歩くと、なだらかな起伏のある土地が畑として広がっていました。

畑の隅に水栓があるので、おそらくこのあたりも湖西用水がパイプラインで送水されているのだろうと思いながら歩くと、「笠子原開拓記念碑」と彫られた大きな石碑がありました。

さらに南へと向かうゆるやかな坂道のそばは、キャベツ畑が続いています。振り向くと新幹線が通過していきました。次回はこの辺りの風景を見逃さないようにしなければ。

小高い場所になりましたが、小さな田んぼもありました。道沿いに消火栓がありましたが、あれも湖西用水からでしょうか。

 

浜名湖を越えてじきにいつも新幹線の車窓から見ていたスズキの工場を見下ろすような小高い場所を過ぎると、今度は下りになりました。

 

*白須賀を歩く*

 

丘陵の起伏がそのまま残る田園地帯を歩いていると「白須賀宿マップ」があり、かつての家業が書かれた説明板がある古い街並みに入りました。

ここも東海道だったようです。

 

途中の大きな木のそばに説明板がありました。

火除地(ひよけち)と火防樹(かぼうじゅ)

 東海道白須賀宿は、宝永五年(一七〇八)に潮見坂の下から坂上へ移転している。これは津波を恐れたためで、それまで宿があった坂下を元宿(もとしゅく)と呼ぶのはこれに由来している。宿場の移転以降津波の心配はなくなるが、今度は冬季に西風が強く、たびたび火災が発生し大火となることも多かった。そこで、この火事を食い止めるために土の壁が築かれその壁の上に火に強いマキの木が十本程度植えられた。これが火除地と火防樹である。

 かつては宿内の三地点六か所にこのような火除地があったが、現在はこの看板を挟んで南北にある二か所の火除地のみが残されている。

 令和二年十月一日   湖西市教育委員会

 

「火除地」を知ったのは恥ずかしながらここ数年のことだったと、田山花袋の文章を思い出しました。

 

水を得難い地域での火災は本当に恐ろしいものだったでしょうと思いながら、古い街道沿いから離れて国道42号線へと出ました。この交差点の先200mほどのところに地図で見つけた小さな四角い「湖西用水」の場所があるはずです。

貯水池だろうかとGPSで確認しながら歩いてみましたが、それらしい水路も貯水池もありません。行き過ぎたのかと戻ってみましたが、畑と草地しかありませんでした。

 

現代の利水施設というのは、「幻」のように直接見ることができなさそうです。

ということで、今回の散歩もそばを歩くつもりだった散歩になりそうです。

 

でもここまで来たら、公共交通機関がないので歩き切るしかありません。

 

誰も歩く人のいない交通量の多い国道を歩いているとふと森の風景が途切れて風が流れ、向こうに青い遠州灘が見えました。

「潮見坂」の名の通りでした。

 

 

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