昭和天皇が皇居に雑木林を造られ、国民だけでなく世界各国の誰もが自由にその庭を楽しむことができるようになり、改めて自分の生きてきた時代というのは昭和、平成そして令和天皇の三代に渡っていることを感じました。
1980年代、東南アジアへ意気揚々と出かけた私に、同じ世代の人たちから「あなたのおじいさんは」「あなたのお父さんは」と三代の時代を問われたのはまだ昭和天皇の時代でした。
同じころに皇太子がイギリスへと留学された記録にはそのあたりは触れられていませんでしたが、海外での反日デモは当時も時々報道されていました。そんなことを思い返していたところ、ちょうど「両陛下イギリス訪問へ 3代の天皇と英王室の深い交流【皇室a Moment】」(日テレNEWS、2024年6月15日)という記事がありました。
天皇皇后両陛下が今月22日からイギリスを公式訪問されます。日本とイギリスの交流は400年の歴史があり、昭和、平成、令和と3代の天皇は若き日のイギリス訪問や留学で"世界の窓"が開かれました。日本テレビ客員解説員の井上茂男さんと振り返ります。
*昭和天皇と平成天皇の訪英*
昭和天皇もまた若き日にイギリスを訪ねていたことが書かれていました。
昭和天皇は、1921(大正10)年、19歳から20歳にかけて、軍艦2隻で半年にわたる旅に出て、エリザベス女王の祖父・ジョージ5世国王と交流しています。国王は35歳離れた昭和天皇に"親子の愛情"を持って接し、昭和天皇は国王からイギリスの立憲政治のあり方を学んで、立憲君主はどうあるべきかを考えてきたと語っています。
そして時は流れて、戦後にイギリス訪問をされた時の雰囲気はなんとなく記憶にあります。
昭和天皇の訪問は1971(昭和46)年、天皇初の外国訪問でした。それまで法律がなく、天皇が日本から出ることができなかったんですね。
この旅は、イギリスだけでなくヨーロッパ各国を回る18日間の長い旅でした。
終戦から26年が経っていましたが、日本と直接に戦火を交え、多くの兵士が捕虜となったイギリスやオランダなどは日本に対する視線は厳しく、オランダでは昭和天皇の乗った車に魔法瓶が投げられ、イギリスでは昭和天皇が記念に植樹したスギが切り倒され、劇薬がかけられる事件も起きました。
(強調は引用者による)
平成天皇は皇太子時代に、イギリスを訪問されていたようです。
上皇さまは、戦後「講和条約」が発効して日本が国際復帰した翌年の1953(昭和28)年、19歳の時に、エリザベス女王の戴冠式出席のためイギリスを訪問されました。留学に代わる半年間の欧米旅行でした。
平成の天皇だった上皇さまが「国賓」として訪問されたのは1998(平成10)年です。バッキンガム宮殿まで馬車でパレードされるなど、驚くほど華やかで、盛大な歓迎でした。
ー本当に多くの近衛兵と立派な馬車でパレードされて、沿道の方々も手を振ってみていますよね。
はい。昭和天皇の時もそうでしたが、近衛兵が先導する馬車列が組まれ、上皇さまの馬車にはエリザベス女王が、上皇后さまの馬車には夫のフィリップ殿下が乗っています。
一方で、戦後50年以上が経っても、戦争のわだかまりはまだ残っていました。馬車パレードは華やかに進みましたが、沿道では日本軍の捕虜になった人たちが背を向けて並び、抗議の気持ちを表していました。
上皇さまは歓迎の晩餐会のスピーチで次のように話されています。
上皇さま:「両国の関係が、第二次世界大戦によって損なわれたことは誠に悲しむべきことでありました。この戦いにより、様々な形で苦難を経験した大勢の人々のあったことは、私どもにとっても忘れられない記憶となって、今日に至っております。戦争により人々の受けた傷を思う時、深い心の痛みを覚えますが、この度の訪問に当たっても、私どもはこうしたことを心にとどめ、滞在の日々を過ごしたいと思っています」。
「背を向けてならび、抗議の気持ちを表していました」
これも記憶にあります。ちょうど私は80年代から90年代に東南アジアに行き来して、そして父の世代のイデオロギーとの対決に葛藤していたころでした。
傷跡は深く、平成天皇になって「友好」からようやく「慰霊」へと出かけるのに70年かかった、それが「戦争」であり「戦後」なのですね。
それは国内においても同じことでしょう。
そうした戦争で失った信頼を取り戻すには、忍耐強く対外的に対応されてきたこの三代の時間が必要だったのだと最近は考え方が変わってきました。
そして国造りとは何かの権威をつくることではなく、失敗をうやむやにせずに乗り越えることだと思うようになりました。
今回の令和天皇の渡英を前にした会見の中でも、「先の戦争」ということが語られたのでした。
*三代の時代の国民の葛藤の象徴*
三代の天皇は私にとってもちょうど祖父母と両親と私の世代にあたりますが、今思うと子育ての方針を始め、家族の在り方や人が自由になり個を重んじるようになった社会の変化あるいはその時代に生きることのさまざまな葛藤に重なり合いますね。
「天皇は日本国と日本国民統合の「象徴」と規定する」
時代の葛藤を乗り越えていく、それが「象徴」なのではないか。
ふとそんなことを思うようになりました。
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