散歩をする 526 坂根合同堰の左岸から右岸へ、倉吉川吉井水門へ

坂根合同堰の上は渡ることができるようなので、計画を変更して堰へと歩き始めると、何やらまた小さな石碑があります。

この石は旧坂根石の巻石である

 

「巻石」って何だろうと帰宅して検索してみましたが、出てくるのは墓石に関するものだけでした。

巻石(まきいし)とは、墓所の境界を明確にするためのもので、墓地の区画を囲うために使用される外柵のことを指します。境界石とも呼び、土と浄土を分けるという重要な意味を持つ石でもあります。(Google 「巻石とは何ですか?」)

この石を見て何かがわかる世代の人と同じ時代に生きていると思うと、人の意識や知識もまた驚異的に変化していることを感じますね。

 

いよいよ堰の上へ。

北側の山々の合間から川幅いっぱいに流れる美しい吉井川を眺めることができましたが、足元の流れが視界に入ると足がすくみますね。

こうした堰や水路を造り管理する方々は、本当にすごいですね。

逃げるように堰を渡り、右岸の堤防にたどり着いて安堵しました。

 

*吉井川右岸を倉安川吉井水門へ*

 

右岸側は左岸よりもさらに丘陵地帯が迫っていて、堤防との間に幅の狭い田畑と集落が続いていました。

灰色の屋根と焼き板の木壁の家々が美しく、子どもの頃に祖父母の家に行った記憶と重なります。堤防のすぐそばに「小学校跡地」の碑がある広場があり、ポツンとコンクリートのベンチがありました。今は地図で見ても数キロぐらい小学校がなさそうです。かつては賑やかだったのでしょうか。

 

堤防の上を歩いていると山陽新幹線の鉄橋に近づき、新幹線がトンネルへと吸い込まれていくのが見えました。

いつも「吉井川だ、もう少しで岡山駅だ」と思って車窓を眺めている区間ですね。

こんなに美しい集落と田畑と堤防だったことに、満足しながら下流へと歩きました。

 

山の際が川に迫り出すような場所を県道252線沿いにしばらく歩くと、地図には取水口のような場所があります。

「倉吉川吉井水門」で、もし堰を渡ることができたら訪ねてみようと思っていました。

山が途切れるとまた集落と田んぼが見えて、史跡のような建物がありました。

水門を隔てて山側に水田が見えます。

世界かんがい施設遺産登録

「倉安川・百聞川かんがい排水施設群」

倉安川吉井水門(令和元年九月四日登録)

江戸時代の大干拓のあたりの施設でしょうか。帰宅してから復習することにしましょう。

 

現在は「河口から17km」の表示がありましたが、江戸時代に入った頃は遠浅の海がすぐそばまで広がっていた地域だったのでしょうか。

 

 

もう少しゆっくり見たかったのですが、また左岸側へ渡って長船駅から赤穂線に乗るために先を急ぎました。

 

 

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