湛井(たたい)堰から総社駅行きバスに乗り、10時28分発の吉備線(桃太郎線)に乗りました。
何度乗っても沿線の風景が好きな路線ですが、今回はさらに湛井十二ヶ郷用水が潤している地域だとつながったので、また風景が違って見えます。
服部のあたりもようやく田おこしが始まった時期でした。岡山の稲作は結構ゆっくりですね。
田んぼとアオサギ、蔵の多い屋根瓦の美しい沿線の風景にほんと心が落ち着きます。
10時45分に吉備津駅で下車し、長い参道を吉備津神社に向かって歩きました。
2020年春に初めて吉備津駅に降りた時には吉備津神社を訪ねただけで、周辺の水路や田んぼの歴史も全く知りませんでした。
ただ印象に残ったのが、犬養元首相が庭瀬からこの吉備津神社まで参拝していたことが立像のそばに書かれていたことでした。
昔の人は健脚だなと思ったその道を、今回歩いて見ることにしました。
そこもかつては吉備の穴海であり、山に見えるのは島で、しだいに干拓され水路が通り田んぼになっていた場所です。
2018年に犬養木堂記念館を訪ねたときには見えていなかったことをこの数年でたくさん知り、地図が重曹的に見えるようになりました。
そしてあの時には犬養木堂記念館の美しい水路は記憶に残っていたのですが、すぐそばを山陽新幹線の高架橋が通っていたことには関心がありませんでした。
今回は奈良時代ごろから吉備の穴海が少しずつ干拓され、湛井十二ヶ郷用水が高梁川から引かれた場所を意識しながら歩くことにしましょう。
*蛇行した畦道を川入まで歩く*
吉備津神社の南西側には田んぼが広がっています。地図では水路が描かれているのですが、まるで奈良時代からの干拓の痕跡があるかのように不規則で複雑な流れです。
ここを歩いてみたい。
ようやく願いが叶いました。
吉備津神社のある山沿いの集落を歩いていると、案内板に「大賀博士顕彰碑」が示されていました。
なんと、あの古代バスの大賀博士ゆかりの地だったとは。
これは是非訪ねてみたいと思いましたが、案内図の地図が簡略すぎてiPhoneのマップと照らし合わせてもどこなのだか全くわかりません。行き当たりばったりで、出会えたら幸せと思うことにしましょう。
あちこちに初夏の花が咲き、どこからともなくイチジクの香りがしてきます。祖父母の田んぼを歩いている気分になりました。
吉備津神社のある山沿いの道に散策する方をぼちぼちを見かけました。畦道というのは散策し思索するのにふさわしい場所ですからね。
まだ水も入っていない田んぼが、あと1ヶ月もすると稲が育ち緑の美しい風景に変わるのですから、ほんと、魔法のような世界です。
稲の姿も形もない時期だったのに、やはりどこからかふと稲の香りがしました。
途中で道が分かれています。より蛇行した方の道を選びました。蛇行する道を選択するとたくさんの歴史に出会えそうです。
蛇行した道のそばには蛇行した水路が残っていて、わずかに高低差が感じられる不定形の田んぼに水を送っているようです。
小さな水門と蛇行した水路。祖父母の田んぼのそばで見たような記憶があるのですが、その記憶は正確なのか自信がありません。
ふと佐賀のクリークを歩いた時の気分になりました。
しだいに山陽新幹線の高架橋が近づいてきました。あの向こうに懐かしい犬養木堂記念館があります。
川入という地区で、なぜその地名なのでしょう。
シロツメクサの香りが強く漂い始めました。
無事に大賀博士の碑にたどり着くでしょうか。
それにしてもこのあたりまで、はるばる湛井堰から高梁川の水を引いたとは。
江戸時代どころか奈良時代の土木技術もすごいものがありますね。
そして犬養道子さんやそのおじいちゃま、そして大賀博士もこの風景の中で生活をされていたのだと、なんだか私の人生の中の大事なものごとがつながりました。
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