散歩の途中でスマホに記録する分量は相当あるのですが、遠出の場合はさらに朝から夜までいろいろと書き込まれます。
ホテルではテレビをつけっぱなしにして、日が昇り日が沈むまでホテルの窓から風景を眺めながら、それぞれの地域の番組や天気予報そしてニュースをメモしています。
コマーシャルでさえシュールな虚構の世界がほとんどなくて、その地域に根付いている会社などの実直なもの、半世紀前のテレビを思い出すような安心感のあるものがほとんどです。
ところが高松に泊まった時には、自宅で見慣れた放送局ばかりでした。
お隣りの愛媛県では東京のニュース番組でも一部は「愛媛局からの放送」があったのですが、香川では、たまたまかもしれませんが地元の話題は見た記憶がありません。
散歩の4日目のメモにこんなことを書いていました。
高松、テレビ、ローカルニュースがほとんどない
市原(千葉)の交通事故とか。
民放、天気予報もローカルなし。関東の天気。
そういえば昨年9月に丸亀に泊まった時のテレビの記録はと見返すと、「渋谷は路上でお酒が飲めるから」という外国人観光客のインタビューだけでした。あの時には、香川の方がこんな東京という「地方局」の情報を見てどう思われるだろうと気になりました。
*「岡山県・香川県の放送」*
香川県のテレビ局で検索したら、「岡山県・香川県の放送」というWikipediaの説明がありました。
たしかに、香川で宿泊したときにけっこう岡山のコマーシャルなどがあった記憶があります。
どうやら昭和初期のラジオ放送にまでさかのぼる、両県には放送圏の関係の長い歴史があるようです。
1953年(昭和32年)12月23日ーNHK岡山がテレビ放送(現・総合テレビ)を開始。
・岡山県初のテレビ放送であった他、この時は放送対象地域(正規の放送エリアであり、取材対象地域)に香川県の全域を含めており、事実上香川県でも最初のテレビ放送であった。
1969年(昭和44年)
・3月22日ーNHK高松総合・教育テレビが放送を開始。
・広域放送県内を除く全国のNHKで最後発のテレビ放送開始であり、これにより香川県はNHK岡山の放送対象地域から独立し、初の自県発のNHK総合テレビを有した。
(強調は引用者による)
1979年(昭和54年)4月1日ー両県の民法テレビ局の放送対象地域を統合。
・これにより1986年にかけて、香川県側の民放の送信所(親局)を岡山県の金甲山送信所へ統一したほか、両県民放が初めてそれぞれ相手圏へ乗り入れて中継局を設置するなど、ハード面での整備が行われた。
香川県は四国でも本州に一番近いからテレビ局も早々に独立していたようなイメージを勝手に持っていましたが、こんな経緯があったのですね。
その理由は瀬戸内海で隔たれていることが大きかったのでしょうか。Wikipediaを読んでアナログ放送からデジタルへ、香川県のテレビ放送の歴史がなんとなくですがわかりました。
時々、「東京の台風の放送ばかりするな」「東京の選挙の話題ばかりでうんざり」といった意見を見かけるのは、地域で得られる情報の偏りがあったのかもしれませんね。
それぞれの地域の天気予報や生活がわかる地に足ついた番組があれば「東京のきらびやかな(あるいは腹黒い)虚構の世界」ぐらいで流すことができるのですが、さすがにそればっかりだと叫びたくなりそうですね。
テレビが当たり前のように一家に一台になって60年ほどですが、受信する側には手の出しようもない放送圏の境界線によって、無意識のうちに物の見方にそれぞれの地域差が出てくるのではないか。
ふと、そんなことを思いつきました。
今度また香川県に泊まる機会があれば、もっとじっくりテレビを観てみようと思います。
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