また散歩の記録が寄り道で途切れましたが、いよいよ今回の散歩も最終日です。
猛暑日の晴天続きでしたが、少し気温は下がって午後から小雨になるようです。
この日は、干拓地だろうと推測した屋島の南側の潟元駅から琴電志度線の終点志度駅まで行き、折り返して沿線をぶらりと歩き、ため池をいくつか眺めたいという計画です。
8時25分ホテルをチェックアウトし、潟元駅へと歩き始めました。まだ27度ですが時折日がさすと蒸し暑く、汗が噴き出てきます。
新川をわたり、もう一本小さい川を渡りました。これが相引川で、かつての屋島と干拓地との境になる水路のようです。
*志度線の車窓の散歩*
潟元駅から8時42分の志度行きに乗りました。冷房がありがたく、汗が引きました。
車窓からは屋島が間近に見えますが、住宅地が広がっています。古高松駅のあたりでかつての農家だったと思われる家が見えましたが、潟の痕跡や干拓地という雰囲気もあまり感じられなかったのは意外でした。
たしかにWikipedia「屋島」の「地形・地質ほか」に書かれているとおりでした。
塩田跡と干拓水田が埋め立てられ、短い多くの橋が架かり、探索だけでは島を認識することは困難である。四国本土と屋島は相引川(幅約10mほどの川)で分離されている。
八栗(やくり)駅のあたりで、岩肌の見える山が見えました。これも悪石岩地形でしょうか。
八栗山やその周辺の小さな山もかつては島だったのでしょうか。北西に干拓地らしい場所が地図に描かれています。
やはりいつかこのあたりをぐるりと歩いてみたいものです。
六万寺(ろくまんじ)駅手前から小さな田んぼやため池が増え始めました。緩やかな斜面の起伏が多い地形です。水を溜め、田畑を維持するのは大変だったことでしょう。
琴電志度線は1時間に3本と2本の時間帯が交互にあるようで、あちこちの駅で乗り降りしながらも常時数人以上の乗客がいました。
このくらいの運転本数だと、生活するのにも便利ですね。
JR高徳線がぐんと近づいて八栗新道(やくりしんみち)駅を過ぎるとまた二つの線路は離れ、高徳線は徳島へ、琴電は海側へと近づきます。
徳島もまだまだ歩いてみたいところがたくさんあり、懐かしく思い出しました。
このあたりからまた琴電沿線に古いすてきな集落と田んぼが増えて、美しい風景です。
塩屋駅前には広々と田んぼが広がり、塩竈神社が見えました、かつては塩田だったのでしょうか。
海が見え、線路は大きく蛇行しながら海岸線を走ります。目の前は小豆島かと思ったら、さぬき市内の岬でした。
美しい瀬戸内海の風景を堪能し、30分ほどの車窓の散歩が終わりました。
*志度駅から原駅へひと駅散歩*
暑さと体力によって、そのまま志度線に乗って引き返すか、それともひと駅間を歩いてみようかと考えていました。私の散歩の原点ですからね。
やはりどんな街なのか知りたくなり、海を眺めながら原駅まで歩くことにしました。
志度駅の改札を出ると、潮の香りがしています。海の方へ歩き始めると、小さな魚屋さんがあり、地元で水揚げされた魚が並んでいました。なんでも写真に撮りたくなるこの頃ですが、静かな落ち着いた街ではなんだかためらいが出て目に焼き付けてとおりすぎました。
大きなお寺の屋根と大きな木が見え、蝉の鳴き声が賑やかです。
海がすぐそばになり、地図では「蛭子神社」となっている小さな神社がありました。石の鳥居に「四海安泰」「四時豊漁」と彫られています。神社名も御由緒も見かけなかったのですが、漁師の皆さんの神様ですね。
この地域の漁師の方々の安全と豊かな漁場が守られますようにと祈り、海から離れて原駅へ向かう道へ入りました。
祖父母の集落を思い出すような木の家々が並び、木の良い香りがしています。
古くなっても木の香りがなくならないのは不思議ですね。
いい道だったと満足して、9時30分に原駅に到着しました。
「散歩をする」まとめはこちら。