7月初旬に四国へ行く際、新幹線が関ヶ原を越えると車窓の風景を一瞬でも逃すまいと眺めました。
7月1日の大雨で、伊吹山の麓の街に大洪水が起きたニュースがあり心配していました。
伊吹山を初めて知ったのは2020年冬に琵琶湖を訪ねた時で、琵琶湖の集水域とともにその名前を知りました。それまでも何度も新幹線で通過していたのに、近すぎて見えていなかったのかもしれません。
そして米原の干拓資料館を訪ねるときに近くで見て、山が大きく削られている様子に驚きました。帰宅して伊吹山の歴史と、現在も関連企業による緑化運動が行われていることも知りました。
洪水のニュースを聞いた時に最初は過去の採掘が原因だろうと思っていましたが、「鹿の食害」というニュースが聞こえてきました。
実際には何が影響していたのだろうと気になっていたところ、10月3日に状況がまとめられたニュースがありました。
伊吹山に迫る危機
日本百名山のひとつで、かつては年間20万人以上が訪れる、観光客や登山者でにぎわう山でした。
しかし、ことし7月。
ふもとの滋賀県米原市の伊吹地区で立て続けに土砂災害が3度発生しました。いずれの災害でもけが人はいませんでしたが、床上まで土砂が流れ込むなどあわせて7軒の家に大きな被害が出ました。
なぜ同じ地区で繰り返し土砂災害が発生したのか。
原因を探っていくとある意外な存在にたどりつきました。
(大津放送局 記者 丸茂貫太)
1ヶ月に3度も・・・
ことし7月1日午前10時前。
「土砂崩れがあり、人が通れないくらい道路に流れ込んでいる」
土石流が発生したのは伊吹山のふもと、300人あまりが住む伊吹地区。
現場に駆けつけたNHKのカメラマンが撮影した映像には、伊吹山から流れ出たとみられる大量の土砂が道路を寸断している様子がはっきりと写っていました。
その後も伊吹地区での土砂災害は続きました。
最初の土石流発生から2週間後の15日、さらに25日と、1か月の間で3度も伊吹山から土砂が流出。
いずれの災害でもけが人は出ませんでしたが、あわせて7軒の住宅に土砂が流れ込むなど大きな被害が出ました。
繰り返される土砂災害 原因は?
実は、伊吹山では、去年7月にも、土砂災害が発生しています。
激しい雷雨の影響で土砂災害が起き、登山道の一部が、土砂で覆われてしまい増田。県と米原市は、登山道の入り口を封鎖し、山に登らないよう呼びかけています。
なぜ繰り返し同じ地区で土砂災害が発生するのか。
ことし発生した土砂災害の原因を探るため、8月、市の職員や伊吹地区の土砂災害を調査している東京農工大学の石川芳治名誉教授とともに伊吹山に登りました。
まず向かったのは6合目付近。
目についたのは草がなくなって土がむき出しになった斜面です。
そこで石川名誉教授が指摘した土砂災害の原因は。
東京農工大学 石川芳治名誉教授
「シカが草を食べたために植生(植物)がなくなり、土壌浸食が起こっています。ということで土砂災害の原因は、もとをただせばシカの食害による影響ということになります」
シカが土砂災害を引き起こす?
「えっ!シカ?」
取材を進めていくとシカが伊吹山を蝕んでいる現状が見えてきました。
市によりますと、伊吹山のシカはこれまで冬の寒さによって一定数が死んでいました。
しかし、温暖化によって積雪量が減り、冬を越しやすくなったほか、近年、ハンターが減少し、周辺の山から流入してくるなどして、シカが増えているということです。
現在は適正とされる数の10倍以上にあたる、1平方キロあたり60頭のシカが生息しているとみられ、大量の草を食べています。
伊吹山には、国の天然記念物に指定されている希少な植物や固有種の群落がありますが、その貴重な草花も、シカが食べて一時期、大幅に減ってしまいました。
20年前の写真と比較すると、シカが伊吹山の草を食べ尽くし、地面がむき出しになってしまったことが分かります。
取材を行った際も、群れになったシカが悠々と草をはむ姿が確認できました。
土砂災害のメカニズム
石川名誉教授への取材で、増えすぎたシカが土砂災害を引き起こしたメカニズムも分かってきました。
通常、草が生えている山は根っこなどによって土の中に空洞ができるので、雨が降ってもその空洞が水を吸収します。
しかし、伊吹山ではシカが草を食べ尽くしてしまったため、土の中の空洞がなくなって保水力が失われたほか、雨をさえギル葉もないため、斜面に直接雨水が当たって土砂が削れやすくなってしまいます。
6合目や5合目でが、こうして流れでた土砂や水が斜面を削ったことでできる「ガリ」という大きな溝が確認できました。
中には、高さと幅が4メートルを超え、100トン以上も土砂が流出したとみられるものもありました。
このほか大小多くのガリが見つかり、大量の土砂が流出したことが確認できました。
続いて向かったのは3合目付近。
斜面の勾配が緩く、土壌侵食によって流出した大量の土砂が堆積していました。
7合目の土石流は、ここでたまった土砂が雨水とともに溢れて近くの谷川に流入し、下流の石なども巻き込んで発生したとみられています。
ここに伊吹山の構造的な特徴があると石川名誉教授は指摘します。
東京農工大学 石川芳治名誉教授
「伊吹山の変わっている点はこの中腹で土砂が1回たまることです。他の山では中段にこんな勾配が緩い場所はありませんが、伊吹山では勾配が緩くなるので流れていた土砂が一度堆積して、その土砂がいっぱいになってしまうと、あふれて下流に谷川に流れ込むということになっています」
さらに拍車をかけたのが・・・
シカの食害によって土壌侵食が起き、流出した土砂や雨水があふれて土砂災害が発生した伊吹山。
そこに拍車をかけた可能性があると指摘されているのが"コロナ禍”です。
市によりますと、コロナの感染拡大によって一時期、伊吹山を訪れる登山客は減少しました。
石川名誉教授によりますと、通常は人間を恐れて人前に出てこないシカが登山客が減少したことで行動範囲が広がり、食害が進んだことも考えられるということです。
自治体は対策を急ぐも
本格的な台風シーズンを迎える中、市や県は対策を急いできました。
緊急対策として、3合目から谷川へ新たに土砂が流入するのを防ぐため、石を詰めた袋を設置したほか、下流では土砂が流れ出てしまった場合に受け止められるよう、「砂防えん堤」の土砂を取り除きました。
また、根本的な対策も進めています。
植物を植えてネットで覆って、植物がシカに食べられないように守る方法や、センサーでシカを感知してネットを落とし、捕獲するわなも設置しています。
米原市防災危機管理課 高橋淳一課長
「すでに伊吹の地域で3回にわたって住宅に被害がおよぶ土砂災害が発生しました。市としては、まず再度起きないようにすることが第一だと思っています。谷川への土砂の流出が続くと、いくら「砂防えん堤」で受け止めても、えん堤の土砂を撤去する作業は永遠に続いてしまいます。根本的な対策を並行して進めていくとともに、(国にも)治山事業として進めていただきたいなと思います」
増えたシカ 全国の山でも
石川名誉教授によりますと、住宅に土砂が流れ込むような大規模な災害を起こしたのは、伊吹山のシカが全国で初めてだということです。
しかし、シカによる食害は全国各地で問題になっています。
環境省によりますと、全国のニホンジカの個体数はこの30年でおよそ9倍に増えていると推定されています。
そして、兵庫県や福井県、三重県など全国の山々でも斜面の草が食べられ、土がむき出しになるといった食害が課題となっています。
石川名誉教授は、伊吹山のような状態になってしまうと元の姿に戻すには高い技術が必要で、自治体だけで対応するのは、難しく、国との連携も求められると指摘していました。
そのうえで、伊吹山のような土砂災害は全国の山でも起こる可能性もあるとして警告を鳴らしています。
東京農工大学 石川芳治名誉教授
「全国のほかの山では木は生えているんですけれども、木の下に生えている草とかが食べられています。そうすると土壌侵食や水の流出などが増えますので、伊吹山と同じようなことが起こる可能性もあると思っています。下草がなくなった場所の緑化を推進するほか、『ガリ』の侵食を防ぐといった根本的な治療をしないとこの土石流災害というのは完全には無くならないと思っています」
(NHK WEB特集、2024年10月3日)
食害によって草がなくなったために土石流が起きやすいというのはなんとなく理解していたのですが、「シカが草を食べ尽くしてしまったため、土の中の空洞がなくなって保水力が失われた」という理由があるとは。
そして伊吹山の中腹の勾配が緩やかなことが、山の上からの土壌侵食で流出した土砂を溜めてしまうということも一因だったようです。
そして未曾有の感染症で、人の活動域が減ったことも要因だった可能性もあるとは。
熊の生活史と同じく、これは山を歩き尽くし長い時間をかけて観察するしかない方法ですね。
あの利根川の水源を確定するための調査を知った時のように、こうして全国で人知れず地道に調査研究をされている方々や山や川を守る仕事に従事されている方々のおかげで水害から守られてきたのだと思いました。
それに対して、原因や解決策をすぐに分かったような気になるのはほんと危ういと反省しました。
「事実とは何か」まとめはこちら。
失敗とかリスクのまとめはこちら。