散歩をする 544 信濃川の巨大な三角州を歩く

越後川口駅で乗りかえた上越線信濃川沿いを走ります。たしか小千谷のあたりでまたまるで湖のようにゆったりとした川面だったはずという記憶の通り、静かな信濃川の風景です。

あの福島江用水の少し上流に妙見堰があるので、それでゆったりとした流れになるのでしょうか。

小千谷のあたりも歩いてみたいものです。

 

長大な信濃川水系は長岡のあたりから水田地帯が広がり始め、それまで山側を走っていた上越新幹線は水田地帯を貫き、在来線の上越線は山側を走ります。

1990年代に初めて新潟を訪ねた時には、1982年にすでに上越新幹線が開通していたのでこういう風景でした。その前の長い排水との闘いの歴史も全く知らなかったのでした。

 

山沿いを走る車窓から、用水路や水田が続き、落ち着いた集落の風景が続きます。「新田」とつく地名もあるのですが、いつ頃の新田開発でどんな歴史があるのでしょう。

風景に見とれていると、三条駅からぐいと東へと曲がり、美しい五十嵐川を渡ると黒い屋根瓦の多い街が見えて東三条駅に到着しました。古い寺社が多いようです。また歩いてみたい場所ができてしまいました。困りましたね。

 

東三条駅弥彦線に乗り換えです。

2019年6月に大河津分水を訪ねた時に、分水路を開削するのにふさわしい海岸側の山と山が見えました。その北側の高い弥彦山の麓まで行き止まり線があることに気づき、いつか終点まで乗ってみたいと思っていたのですが今回は時間が足りないのであきらめました。

 

信濃川を渡るとじきに燕三条駅に到着しました。

 

 

信濃川下流の広大な三角州*

 

2019年ごろから信濃川流域を歩くようになりましたが、鉄道駅から歩ける範囲やバス路線がある場所でした。

大河津分水と信濃川本流が分かれるとさらに数キロ下流中ノ口川と分かれ、よくよく見るとそこは巨大な三角州というか中洲のようになって、河口から数キロのあたりで再び二つの川が合流します。

ここを歩いてみたいと思うのですが、公共交通機関のない水田地帯ですしクマ情報も把握しておかなければなりません。

 

信濃川と中ノ口川の歴史を知るとますます歩いてみたいと地図を眺めていました。

まずはこの燕三条駅の近くの、三角州がくびれた部分なら歩けそうです。

 

燕三条駅の駅前の地図を見ると、信濃川右岸側の北三条東三条に寺社など古い町並みがまとまっていて、この中洲のような燕三条駅周辺は北陸新幹線北陸自動車道が開通してから工業団地などが広がったのでしょうか。

 

信濃川を目指して東側へと歩き始め、交通量の多い国道8号線に沿って北へとあの信濃川中ノ口川がぐんと近づく場所を目指しました。

アスファルトは茶色くなっている箇所が多く、消雪パイプが埋まっているようです。

信濃川の堤防のすぐそばになりました。信濃川が悠々と流れている風景を想像して堤防の上にあがったところ信濃川の堤防はもう少し先で、そこは堤防との間に田畑が広がっていました。

これくらい河川敷を広く取る必要があるのでしょう。

 

目的のくびれた場所まであと数百メートルになりましたが、日没が早い季節なので戻る時間を考えるとあきらめた方がよさそうです。

途中で曲がると尾根のように高い場所に道が通り、低い場所に住宅や田畑が広がっていました。

しばらく歩くと大きな水門と地図に描かれていた水路がありました。

排水路のようで、その周辺には新しい住宅が並んでいます。「輪中」を思い出しました。

 

まっすぐまっすぐ排水路に沿って平坦な場所を歩くと、途中「消雪ポンプ」と書かれた機械が道端にありました。

潟に溜まる信濃川水系の水を排水し、そして溶ければ水になる雪と融雪に使うための水と、排水と洪水をコントロールしてさらに天候や水不足にも対応しながら静かな田園と住宅地がある。

 

上越新幹線ではあっという間に過ぎてしまう場所ですが、なんと得難い風景でしょう。

歩いてみてよかったと思いながらホテルに入りました。

 

テレビをつけると、ちょうど「信濃川の増水想定 初期対応訓練」のニュースが聞こえてきました。

2019年10月の台風19号の際に小千谷信濃川や支流が増水して23棟の床下浸水があったと、その時の一面が茶色い湖のようになった信濃川の映像がありました。

 

 

朝から千曲川から信濃川へと長大な川を眺めた一日目が終わりました。

 

 

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