散歩をする 546 西川沿いに新田と工業団地を抜けて巻駅へ

地図の中の水色が交差する場所の歴史を知ることができ、大通川放水路のサイフォンの部分を眺めました。

 

地図ではここから西川の右岸に沿って集落が描かれています。

実際に訪ねてみると、「古川原工業団地」で十数件の工場がある案内図がありました。

確かに機械類の音がしたり大型のトラックが出入りしているのですが、道幅が広くゆったりとした敷地ですが「こうじょう」よりは「こうば」といった規模でしょうか。

そしてそれぞれが緑深い垣根で囲まれているので、閑静な住宅地のようです。

 

静かな工業団地を真っ直ぐ抜けると、出口と思ったところにまた「巻 島工業団地」と案内図があり数十件の工場名が書かれていました。二つの工業団地が西川沿いにあったようです。

地図では「槙野新田」で、西川の左岸には水田地帯が広がっている様です。

この風景もまた、1978年(昭和53)の水害を契機に大通川放水路が整備され、排水が改善されたことによるのでしょうか。

 

工業団地を抜けると左手は西川の堤防、東側には田んぼをはさんで集落が越後本線沿いに続いています。

これから収穫の黄金色に輝く田んぼが残り、なんとも楽しい風景です。

これもまた、1950年代からの潟を排水し、その地域で農業や産業が発展し、皆がこの地域で暮らしていけるようにという願いがかなった風景ですね。

 

 

田んぼより少し高い場所に尾根のように道が蛇行しながら続き、そこに住宅が見えます。

時々、水路や水門があり、「かんがいのため」の「水利使用許可願標」が立っています。こうした田んぼを維持するための法律や歳時記、知らないことばかりだと思いながら農業用水の流れをのぞきこみました。

 

堤防沿いの道が、南北に続く県道374号線に合流しました。

やはり尾根沿いの道のように少し高く、そこに細長く街が続いています。

途中、広い敷地に愛宕神社がありました。本殿と松が立派です。

この辺りで西川を渡る橋が近づいていたので、どんな川の流れか寄り道してみました。

幅数メートルぐらいの「水路」のような川がゆったりと流れています。かつてはここを舟が通っていたのですね。

 

また県道に戻り、巻の街の中心部に入る頃からこのあたりもまた茶色い道路になりました。

 

鎮守の森が見え、真っ黒な瓦屋根に魚の鴟尾の威厳ある社殿が見えました。

巻神社で、御由緒の石碑には18世紀に二回の大火にあったことが書かれていました。その後再建されたようですが、なんとも美しい建物です。きっとこの地域にも腕の良い棟梁がいらっしゃったのでしょう。

 

しばらく境内に腰掛けさせてもらい、真っ青な空に映える漆黒の屋根を眺めました。

 

 

*「巻」の由来*

 

帰宅して検索したところ、新潟市西蒲原区役所のホームページに「巻」の由来が書かれていました。

 巻地区の歴史は古く、県内最古の古墳である山谷古墳をはじめ数多くの遺跡が角田山麓の丘陵地などから発見されています。なかでも古墳時代前期に造営された菖蒲塚古墳は、前方後円墳として著名で第一級の宝器であるだ龍鏡が出土するなど、大和政権と結びついた地方首長の墓と考えられています。

 「巻」の地名がいつ頃から使われたのか定かではありませんが、古くは槙・真木と書かれ、アイヌ語のマク(山手・奥・後ろ)や牧(牧場)の当て字、さらには信濃川の洪水のうず「巻」く地などが地名の由来とされています。

 

細長い微高地の尾根沿いのような道を歩くと、やはり「信濃川の洪水の渦巻く」がピッタリくるような印象を受けました。

 

そして巻駅までの住宅地も、なんとも落ち着いた手入れされた街でした。

 

 

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