久しぶりの「母乳のあれこれ」です。
時々、「母乳バンク」についてのニュースが流れてきます。昨年12月27日にもまた話題がありました。
1500g未満の早産児・極低出生体重児には母乳が良いが、人工乳によって壊死性腸炎のリスクが高くなるので母親の母乳が得られない時には他の人の母乳を与えるというものです。
「胎児」と一口に言っても、在胎週数によってその体重には相当な幅があり、実際に極低出生体重児(1500g未満)というと30週未満ぐらい、超低出生体重児(1000g未満)だとおおよそ24週未満でしょうか。
単に体重だけが「小さい」のではなく、在胎週数によって胎外生活に適応できる機能が全く異なりますね。
仕事柄、36週以降の低出生体重児(2000g~2500未満)の新生児のお世話は時々あるし、30週以降の早産で赤ちゃんを搬送したお母さんたちに関わることはしばしばあるのですが、22週から30週くらいまでに生まれた赤ちゃんへの栄養の開始時期やその方法についてはNICUの経験がないので私にはよくわからないくらい、まったく別の専門領域といった感じです。
文献を読む限りではやはり「人工乳では壊死性腸炎のリスクが高いので母乳が好ましい」と書かれているものがほとんどです。
母乳バンクについては10年前ぐらいから話題にはなっていました。
早い時期から母乳を与えることが早産児の壊死性腸炎を予防できるのであれば新生児科の先生方としては喉から手が出るほどの治療方法のはずなのに、「全国に広がらない」というニュースが繰り返されるのはなぜだろうと気になっていました。
*治療法としてはまだ確立されていない、あたりか*
検索すると、内閣府食品安全委員会の「食品安全総合情報システム」に2024年10月3日付の「米国保健福祉省(HHS)、早産児と壊死性腸炎についての最新の諮問委員会報告書に関するFDA、CDC、NIHによる合同声明を公表」がありました。
覚書として書き写しておきます。
米国保健福祉省(HHS)は10月3日、早産児と壊死性腸炎(NEC)についての最新の諮問委員会報告に関する米国食品医薬品庁(FDA)、米国疾病管理予防センター(CDC)、米国国立衛生研究所(NIH)による合同声明を公表した。
当該報告書では、NECの予防における母乳の便益性が示され、また、早産児用調整乳がNECの原因となるという決定的なエビデンスはないことが示された。
最も幼く、最も脆弱な子供たちが安全で栄養価の高い食料源にアクセスできるようにすることは、FDA、CDC、NIHの最優先事項である。乳児の栄養は、脳及び臓器の発達にとって非常に重要である。
早産児は、重要な成長と発達の要件を支えるための複雑な栄養上のニーズを有している。また、早産児は、壊死性腸炎(NEC)と呼ばれる壊滅的な状態(腸の内壁の組織が炎症を起こして死にいたる、生命を脅かす感染症を引き起こす)になるリスクも比較的高い。実際、NECは早産児、特に超低出生体重児の疾病や死亡の主な原因の1つである。NECにより、米国では毎日1人の新生児が死亡していると想定されており、生き残った新生児は外傷性の手術を受けたり、神経発達障害を負ったり、生涯にわたって影響を受ける可能性がある。
親の母乳が望ましい栄養源であり、次善の策として加熱殺菌処理された(pasteurized)ドナーミルク(ドナーから提供された母乳)があるが、早産児用調整乳は早産児にとって非常に重要な選択肢である。これらの調整乳は、親やドナーの母乳が選択肢になり、または乳児の健康のために親やドナーの母乳の補完物が必要な早産児にとって重要になる可能性がある。母乳の供給が不十分な乳児の場合、これらの調整乳は早産児にとっての標準治療の一部である。
NECに関する科学の現状と研究のギャップ、特に早産児用調整乳に関連する研究のギャップについて、公の場での議論が続いている。最近、NIHのEunice Kennedy Shriver国立小児保健発達研究所の諮問委員会は、包括的な報告書を完成させた。
栄養摂取方法とNECについては、2つの重要なポイントがある:(1)早産児用調整乳がNECを引き起こすという決定的なエビデンスはない。(2)母乳がNECを防ぐ(procteive)という強力なエビデンスがある。入手可能なエビデンスにより、調整乳へのばく露ではなく、母乳を摂取しないことがNECのリスクの増加に関連しているという仮説が支持されている。更に、NECは母乳のみを与えられた乳児においても発生することが知られているため、母乳はNECのリスクを大幅に減少させるが、リスクを取り除くわけではない。
これまでのエビデンスにより、早産がNEC発症の主なリスク因子であることが示唆されているが、NECの疫学、NECの生物学的メカニズム、及びNECの発症、重症度、及び死亡のリスクと正又は負の関連を持つ可能性のあるばく露及び栄養摂取方法を理解するためには、重要な科学的ギャップが存在する。
この重要な課題について集団的な取り組みが続けられる中、次の1点は明らかである。母乳が好まれる一方で、全ての乳児は、医学的に可能な限り、利用可能な栄養価の高い食料源を通じてできるだけ早く栄養が与えられるべきである。
(強調は引用者による)
「早産児用調整乳を先に飲ませてしまうことで、その曝露から壊死性腸炎になるわけではない」というあたりでしょうか。
これを知りたかったのでした。
通常、ヒトの場合は分娩直後から母乳がすぐに出るわけではないですから、早産になって赤ちゃんが搬送されたお母さんの搾乳も、この点を知っていれば気持ちにゆとりができますね。
母乳についての議論の背景を知らないと、「母乳がNECを防ぐ」が印象に残り、「早産児用調整乳がNECを引き起こすという決定的なエビデンスはない」「調整乳への曝露ではなく」の方がさらりと読み飛ばされそうで、結論が混乱しそうですね。
「母乳」関連はここ数十年、医学的よりは政治的な話題になってしまう印象があるので、どういう情報を得るかは本当に難しいものです。
この合同声明の行間にある現状と科学のギャップ、あの高校生の時に苦悩した数学の授業の「カエルは動物だが、動物はカエルではない」を思い出したのですが、あっているでしょうか?
「母乳のあれこれ」まとめはこちら。
失敗とかリスクについてのまとめはこちら。
合わせて「完全母乳という言葉を問い直す」、「母乳育児という言葉を問い直す」、「乳児用ミルクのあれこれ」、「哺乳瓶のあれこれ」もどうぞ。