3ヶ月の猛暑から解放された10月中旬の早朝、小田急線の新宿駅へ向いました。
途中の電車内のテレビに馬の絵が映し出され、手先が器用だった父が描いた数々の馬の絵や木の鉛筆立ての回想に浸りました。
もう跡形もなくなってしまいましたが、とっておけばよかったとなんとも残念な気持ちになります。
以前は、歴史資料館などに展示されている生活用品をあっさりと眺めていたのですが、最近はひとつひとつにそれを作った人と使った人、そして保存しようと思った人のさまざまな思いがあることが身に染みるようになりました。
今回の散歩ではどんな歴史に出会うでしょうか。
*小田急ロマンスカーの記憶*
今回は小田急の特急ロマンスカーで御殿場駅まで行き、そこからJR御殿場線に乗り換えて富士岡駅に向かいます。
たしか以前は御殿場駅まででなく沼津駅まで乗り入れていた時期もあったと記憶していますが、また御殿場までになりました。
その列車が入線してきました。
真っ青な美しい色で雄大な富士山の麓へと向かうのにふさわしいなあと、ロマンスカーの中でも好きな車体です。
以前は朱色のロマンスカーだったのが、御殿場方面に行くのはこの青い車体になりました。
そして富士山に向かうロマンスカーは「あさぎり号」と子どもの頃から記憶していたのが、いつの間にか「ふじさん号」になりました。
早朝から夕方まで、富士山の周りには霧や雲が刻々とたなびいて変化するので、「あさぎり」が美しい名前だと思った記憶があります。
箱根に向かうロマンスカーはいつみても満員に近いのですが、ふじさん号はゆったりです。
前日にD席もすぐ予約が取れました。
*ロマンスカーの車窓の記憶*
子どもの頃の1960年代から小田急線は比較的馴染み深い路線でしたが、ロマンスカーは「ハレノの日」の乗り物という感じでした。駅周辺に住宅地が開発され始めたばかりでただただ田園風景の中を走り、車内はまだタバコの煙でくもっていたことと、コーヒーなどを車内のキッチンから運んでくれるという贅沢さが印象に残っています。
いつのまにか「あさぎり」では、車内販売もそして列車内の自動販売機もなくなりました。
駅構内にコンビニができたことや列車内での飲食をする人も減ってきた印象ですし、私自身は飲み物を飲む時間さえ惜しんで車窓を眺めて続けていますからね。
代々木上原を過ぎると、地下深くに潜り、東北沢・下北沢そして世田谷代田を抜けると高架橋になりますが、わずか12年ほど前まではあの古い下北沢の駅を通過していたことが嘘のようです。
そして多摩川を渡ると五反田川沿いの狭い峡谷のような場所を走りますが、谷戸の上に街ができ沿線にはずっとずっと住宅が広がる風景になりました。
神奈川県の真ん中をつっきり、相模川を渡り、渋沢のあたりからようやく昔からの馴染みのある川と森の風景になります。
ちょっとホッとしていると、小田急線と分かれて御殿場線に入りますが、そのあたりの畑と古い住宅がなくなって、いつの間にか線路ギリギリのところまで新しい住宅が建っていました。
JR松田駅で、小田急からJRの乗務員に交替して御殿場線に入ります。
駅南側の大きな屋敷林と酒蔵はそのままですが、やはり新しい集合住宅が沿線に増えました。
*東名高速と並走*
山北駅を抜けると両側が崖のような切り通しの場所があり、たしか早春には水仙が満開になる場所です。
ここからは山あいに入り、蛇行する美しい酒匂川が時々見えながら上っていくと、ふと開けて酒匂川の「羽」のような場所に田んぼが広がる谷峨(やが)駅です。
山や川、そして住宅も記憶にあるままで、美しい場所でした。
谷峨駅を過ぎるとじきに、かなり高いところに真っ赤な橋脚の橋がかかっているのが見えます。
1966年に開通して以来、父の運転で何度も通過した東名高速道路です。静岡・神奈川県境の複雑な作りは10年ほど前まで知らないままでしたが、この橋は記憶に鮮やかに残っています。
検索したら、「プレシャス・ドライブ日記」という先人の記録がありました。
東名酒匂川橋
カーブしたトラス橋。
酒匂川(さかわがわ)をまたぐ、東名高速道路の橋。地図によっては谷峨高架橋とも。
(中略)
赤い上路トラス橋が、2本並んでカーブしている。高さが微妙に違うのが妙。
下り車線の左ルートと右ルートで、各2車線。上り線は離れたところにある。
橋脚の高さは65メートルで、完成時は日本一だったらしい。
橋の東側は、都夫良野トンネルに直結。トンネルの中は車線変更禁止なので、遅い車につかえてしまって、この橋へ出たところで追い越しをかけた記憶のある人も多いのではないかと思う。
この時には何やら工事中で、橋脚の脇に、仮設の階段ができていた。登るだけで疲れそうな高さだ。かながわの橋100選に選ばれていて、東名高速道路完成の記念切手にもなっている。
「橋の東側は、都夫良野トンネルに直結」、読み仮名がなくても「つぶらのトンネル」と読めるのは、子どもの頃の日本の中でもかなり長いトンネルで知っていたことと、トンネルを抜けるまで怖かったこととともにこの橋の高さが車窓からでも足が震えそうな記憶が蘇ってきます。
怖いと思いつつちらっと窓の外を見ると鮮やかな赤い橋脚が見えたので、記憶に残っているのでしょうか。
でも「下り線」だったとは。
確かに地図を見直すと、山北駅の先から上り線と下り線が交差して入れ替わり、足柄駅のあたりでまた交差して元に戻っているようです。
だいぶ前に御殿場線に乗った時に山あいに採掘現場のような場所が見えました。あの時にはまた山を削って住宅地が増えるのかと思ったのですが、今回はところどころに新東名の高架橋が見えていてその建設現場だったとわかりました。
すでに新東名も全線開通したのかと思っていたのですが、新秦野ー新御殿場間の開通は2027年度(令和9年度)とのこと。難関の区間が残っているのでしょうか。
次に乗った時にはどんな風景になっているでしょう。
*酒匂川から鮎沢川へ、そして富士山*
酒匂川に沿って大きく西へと線路が曲がり県境を超えて鮎沢川になる頃、D席からは富士山が見えるはずです。
真っ青な秋空に富士山の頭が見えました。10月に入っても初冠雪の便りがなく、まだ夏山の姿です。
鮎沢川右岸にある駿河小山駅で停車しました。目の前にある金太郎桜も、かれこれ半世紀以上同じ姿です。
ただ、このあたりはたしか駅前に古い紡績工場があり、その社宅の団地が対岸に見えた記憶があるのですが、だいぶ雰囲気が変わっていました。
御殿場線に乗り入れたロマンスカーは西から南へと向きを変え、鮎沢川を何度も越えていきます。いつみても美しい流れと田んぼの地域です。
小高い場所が川のそばにせり立っていて、その向こうに富士山が姿を変えながら見えたり隠れたりしているうちに、一気に目の前が開けて裾野まで見える雄大な富士山がありました。
雲一つない秋空に富士山という奇跡的な風景を目に収めることができて御殿場駅に到着し、美しいブルーの車体から降りました。
「あさぎり号」への郷愁はあるのですが、「ふじさん号」でもいいかもしれませんね。
「記憶についてのあれこれ」まとめはこちら。