高知県を歩くには2日間なんて少なすぎました。
そうそう、高知城のそばにある寺田寅彦記念館も訪ねてみたいと思っていましたが、計画倒れでした。
以前、ニセ科学の議論の中で知った名前で、詳細は覚えていないのですがコメント欄のやり取りで肯定的に紹介されていた記憶があるこの名前を地図で見つけたのでした。
やり残した宿題がどんどん増えていきます。困りましたね。
2か月かけてタイを回った時のように、のんびりとその日の風まかせで知りたいこと訪ねてみたいことを見つけながら歩いてみたいものです。
さて散歩の3日目はただただ鉄道の車窓の散歩になりそうな一日です。
鉄道でぐるりと四国を一周してみたいという夢をいよいよ実行します。
本当は宿毛駅まで往復して、四万十川河口のあたりも見てみたいのですが時間が足りません。
途中の窪川駅で予土線に乗り換えて、四国の西岸を回って伊予西条へ1日かけて移動します。
四国内はJR線の連続切符にできるだろうとよくよくみてみると、なんと窪川駅から岩井駅間はそこから宿毛方面へと別れる「土佐くろしお鉄道」が並走しているというトラップがあるように見えます。
ということは連続切符にならないのかと思ったところ、予土線は別のようです。
ジャパンレールパスを使える人は羨ましいですね。21日間グリーン車まで使い放題で14万円ですからね。
こんなにちまちまと計算しなくてもよくて使うと安くなる切符を、ぜひ日本国民にも考えてくださると嬉しいのですけれど。
そして安さだけでなく、JR各社の境界線を越えるとICカードが使えないとか周遊プランも各社内の限定とか、全くシームレスでないのですが、なぜ「日本は安いから」と外国から来る人にはさまざまな特典があるのでしょうね。
高知の滞在もあとわずか、3日目の朝出発の準備をしていると「外国人におにぎり人気」の記事があり、テレビからは「海苔の輸出が6倍」と聞こえてきました。
海苔も生産が足りないのではなく輸出されちゃっていることがわかりました。
そこに住む人ではなくよそへと付加価値をつけて売り払ってしまい、そして同じ物をお金をかけて別の場所から持ってきて安く売るのは真っ当な商売ではないような気がするのですけれど。嫌な時代ですね。
これが「貿易」だとか「経済」だ、それを調整するのが「政治」だと思い込まされているだけのような。
まあ気を取り直して鉄道の散歩に出かけましょう。
そうそう、ちょうど早朝にスペインの特急列車の番組がありました。トレドからアルマグロまでの4両編成の特急で、乗客はまばらです。若い女性が食い入るように車窓の風景を眺めていました。
20代の頃に住んだフィリピンの旧宗主国だったので何かと気になっていましたが、そういえば鉄道の歴史は知らないままでした。
特にヨーロッパ大陸で国境が地続きなのに網の目のように鉄道がつながり合うのは、改めてすごいことですね。
もう一度人生をやり直すとしたら、ヨーロッパの鉄道網にも乗ってみたいものです。
*土讃線で窪川へ*
1月下旬、朝の気温は高知は3.1度でしたが、日中は3月中旬の陽気になるようです。
高知駅を8時20分に出発するしまんと1号に乗りました。「しまんと」乗ってみたかった特急です。いつかはその終点へ行きたいですね。
西へと動き始めました。
丘陵の影になる場所には一面の霜が降りています。子どもの頃に過ごした寒冷地で見たような霜で、南国土佐も冬は寒いのですね。
伊野駅の手前あたりから水田地帯になり、朝日に輝く仁淀川を渡りました。
このあたりから切り通しが多くなり、山あいを列車は進みます。
遊水地があったり、複雑な地形に田畑が整然とあります。瓦屋根の美しい整然とした集落を抜けると、山を切り崩した場所に新たに田んぼを作っているのが見えました。
さらに山あいへと進み、市街地から離れれば離れるほど、美しい田んぼと集落が続きます。
そう、水田は健在と感じるのは、どこでもこの整然とした風景だからなのだと思えてきました。
仁淀川右岸の支流である佐川は地図でも細い水色の線しか描かれていないのに、そのそばに続く田んぼはどうやって水路を引いているのでしょう。
見渡す限りの山ですが、地図を見ても集落がほとんどなさそうな地域が高知県の大半を占めています。どうやってこの山を守っているのでしょう。
圧倒されていると、吾桑(あそう)駅のあたりから下り坂になり海が見えてきました。「つなみストップ」と書かれた水門が見え、須崎に入りました。
セメント工場や製材所があり、山ギリギリに海が迫っているというのに、やはり田んぼもあります。
一瞬、土佐湾が見えた後トンネルに入り、圏外の地域が続きます。
土佐久礼の手前から道路に津波浸水区間の表示とその向こうに美しい海がみえたあと、すぐに山あいへと入り、急斜面にみかん畑がありました。
息つく暇もないくらい車窓の風景が変わるのですが、ほとんど川らしい川がなさそうと思っていると、長いトンネルに入りました。
土讃線の多度津から高知駅までも急峻な地形を通っていましたが、さらに窪川までは山あいの高いところをトンネルで繋いでいるという感じでした。
急にひらけた風景になり田んぼが見えました。9時ごろだというのにまだ一面の霜です。
「仁井田米」と看板が見えました。
もうじき窪川に到着です。
このあたりまでの風景で感じたのが、整然と美しい集落と田んぼがある風景なのに寺社をほとんど見かけなかったことでした。
土讃線の窪川駅が開業したのが1951年(昭和26)と比較的新しいので、沿線は開拓村的な感じだったのでしょうか。
そんなことを考えていたら、9時26分窪川駅に到着しました。
10時43分のJR予土線宇和島行きの発車まで1時間20分ほどあります。窪川をぐるりと歩いてみることにしましょう。
駅から800mほどのところに四万十川本流が流れています。
人生で初めての四万十川を眺めに駅の外へと出ました。
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