2月は日野市の用水路や二ヶ領用水や古墳と近場の散歩でしたが、もう一ヶ所行きました。
葛西臨海公園から旧江戸川河口をさかのぼり、左近川親水緑道を歩いてみました。
10年ほど前から都内の川を歩き始めた頃、葛西臨海公園からその北にある「新左近川親水公園」まで歩いたことがあります。
2004年ごろから辰巳に競泳観戦に行くようになり、この地域にある運河が目に入るようになりました。
10年ぐらい通った頃に風景に東京スカイツリーが加わり、さらに数年後には雨後の筍のように高層マンション群が立って夕景がかわりました。
江東区や江戸川区の臨海部というのは東京ごみ戦争の時代を経て埋立地として開発されたというイメージでしたが、実際に歩いてみるともう少し違う歴史がありますね。
今回はその新左近川公園の東側から旧江戸川までの親水緑道を歩いてみようと思いました。
*海辺から河口へ*
おそらく少し心がささくれていたのかもしれません。こんな時はダイナミックな海と空の風景をみたくなります。
まずはビールを買って、公園のベンチから遮られるもののない東京湾を眺めました。こちら側はポツポツと雨が降ることもあるのですが、千葉は日が照っているのが見えます。と、数分もしないうちに、黒い雲が千葉の沿岸に移動してこちら側に日が照り始めました。
沖合には大型船、河口付近では運搬船がひんぱんに航行しています。
このままボ〜ッとしているのもいいかなと思ったのですが、先を急ぎましょう。
葛西臨海公園の海岸沿いの森の中の道を抜けて、旧江戸川を遡るように歩き始めました。
堤防の上から見る旧江戸川の流れはまたダイナミックです。
そしてここもまた船の往来が多いようです。
河口の干潟に白鷺がいます。美しい風景ですね。
堤防の上は「健康の道」というウォーキングコースになっていました。
2.5kmほど歩いて、なぎさ公園の北側から左近川親水公園が始まっていました。
緑道に沿った水路には残念ながら水はありませんでした。
なぎさ公園にポニーランドがあるので馬を見たくなったのですが、休園日でした。
*「みんなの田んぼ」*
残念と思いながら歩いていると、右手の運動場の手前に「田んぼ」という文字が見えた気がしました。
え、どこに田んぼがと思ったらすぐそばに30メートル四方くらいでしょうか、田んぼがありました。正確にいうと正方形ではなく台形っぽい形に見えました。
東葛西スポーツ公園「みんなの田んぼ」
この「みんなの田んぼ」は、地域の子どもたちと青少年育成葛西第二地区委員会のみなさんが、公園ボランティアとして、稲を育て、お米をつくっています。
みなさんも、この活動に協力してい大切してください。
田んぼの広さ
大きい田んぼ(四角い田んぼ)・・・120㎡
小さい田んぼ(細長い田んぼ)・・・100㎡
当日撮った写真を見返しても、たぶん窪みのように写っている台形の方が「大きい田んぼ」だと思うのですが、「小さい田んぼ」はよくわかりません。
この地域にも新田開発の歴史があるのだろうかと検索してみてもわからなかったのですが、今年もまた5月初旬に田植えが行われていたようです。
水田は健在、ですね。
*蛇行した流れに沿った街*
道路を渡った先は、地図では北西へと蛇行した水路と親水緑道が描かれています。より蛇行した道を選ぶとそこには興味深い風景があることが多いですから、期待できそうです。
このあたりも季節によるのかそれとも水路の工事中でしょうか、水が全く流れていませんでした。
暗渠になったり、開渠になったりする水路のそばにはずっと緑道が整備されていました。
両側の家々の庭木もよくていれされていて、緑道よりほんの少し高い場所に古い瓦屋根の日本家屋も残っています。
鳥のさえずりと、梅や水仙が美しい冬の景色です。
一瞬、私はどこを散歩しているのだろうと混乱する感覚になりながら歩いていると、環状7号線に出ました。
この少し先に新左近川公園がつながっています。
埋め立てによって造られた沿岸部のすぐそばであることを忘れる散歩道でした。
そして何より、田んぼを見ることもできたことに満足してバスに乗りました。
*「左近川親水緑道」*
「東京とりっぷ」というサイトに説明がありました。
もともと左近川は東京湾に流れ出ていましたが、昭和47年に始まった葛西沖開発事業で、葛西沖が埋め立てられ、流路を失ったことで、新左近川が築かれて荒川とを結ぶようになりました。
旧江戸川合流点・左近水門〜海岸水門が左近川、海岸水門〜荒川合流点・新左近川水門が新左近川となっています(新左近川は人工水路の扱い)。
左近川親水緑道の旧江戸川側の起点にはなぎさ公園も隣接し、休日にのんびり過ごすにも最適のエリアです。
東葛西スポーツ公園横、左近川岸には「みんなの田んぼ」も整備され、地元の小学生が毎年田植え、稲刈りを行っています。
環七通り東側の左近川にはヨシが茂っていますが、葛西の原風景を再現するためにあえて植栽したものです(かつては左近川沿いに茅葺屋根の原料となる茅場が広がっていました)。
「落ち着いた街」まとめはこちら。