生活のあれこれ 66 国債の利息と普通預金の利息が同じになった

8月はアリの通帳にもちょっとだけ利息が記帳されるので、うれしい月です。

今までだったらすぐに「次の旅行資金」になっていたのですが、今のアリは緊縮財政ですからそのまま貯金ですね。

 

「利息」というのは普通預金や定期預金ではなく、固定金利の国債です。

国債も長期や変動性の方が利率は高いのですが、まずは5年の固定金利にしてみました。「儲かる」話には慎重なアリですし、地中に眠らせておくよりも国の事業に使ってもらえればそれでいいですからね。

で、定期預金を解約して国債にしてみました。

2年ほど前の普通預金の利息は、スズメの涙どころか口座振り込み手数料の20分の1ぐらいだし、銀行に預けるだけペナルティを取られているのかという状況でした。アリはそれを見て泣きました。

定期預金の利息もそれよりはマシぐらいでしたから、国債の利息は近年見たことがないほど通帳の中で輝いていました。

 

その後わずか2年の間に、少しずつ普通預金の利息もじわりと上がってきましたが、それでも国債の利息の30分の1ほどでした。

 

今年に入って、その普通預金の利息が国債の利息の2分の1ほどまでに追いついていてびっくりしました。

そして先日記帳してみたら、なんと半年で国債普通預金の利息が同じになっていました。

なんだ、銀行預金だってやればできるじゃないか!

でも国債の額>普通預金の残高」なのに、利息は「国債普通預金」になってしまったのは訳がわからないのですが。

 

これはいったい何が起きたのでしょう。

これなら国債にする意味もなかったかもしれないですが、まあ期限までは様子を見ましょう。

と思っていたら、銀行様から豪華な封書が届きました。

投資運用のご案内でした。

 

 

*利息の変遷*

 

かれこれ四半世紀ぐらい預金の利息が雀の涙になっていたのですが、なぜ急に利息が下がったのか、正確にいつからだったのか思い出せません。

 

検索してみると、野村アセットマネジメントの「お金を育てる研究所」というサイトに「金利の推移」のわかりやすいグラフがありました。

サブタイトルは「なぜ今、資産運用が必要なの?」でしたが。

 

その「20年間、100万円を銀行預金すると・・・」というグラフをみると、「1970年12月末〜1990年12月末 約293万円」「1990年12月末〜2010年12月末 約124万円」「2004年3月末〜2024年3月末 約101万円」とありました。

 

ああ、そうでした。20代の頃は年金とこの利息で悠々自適の老後生活なのだろうと思っていましたからね。しかも「高齢者」は60歳からで、さまざまな優遇がありましたしね。

1970年代終わりから80年代半ばですから、まだ「バブル」なんて言葉を聞いたこともない時代でした。

 

1990年12月末ごろだとまだ利息がそれなりにあったと思いますが、さすがに2010年になるまでには途中で利息に対して悲観的になったはず、と記憶をたぐり寄せていると、次のグラフがありました。

「定期預金/1年」の金利が1970年代から90年代は年5.75%〜6.08%だったのが、1995年1月から金利がガクッと下がり、そのまま0%のラインと一体になっているかのような時代が今に続いています。

 

 

*低金利の時代はどんな生活へ変わっていったか*

 

 

1995年、何があったのでしょう。

 

検索していたら、「平成7年度(1995年度)の金融および経済の動向」(日本銀行月報、1996年6月号)が公開されていました。

 

1. 日本経済は、1993年末から回復基調を辿っていたが、1995年度前半に一旦足踏み状態となった。景気足踏みの背景には、設備投資や個人消費の回復力が弱いもとで、急速な円高、米国景気の一時的な減速を背景とする輸出の減少に加え、公共投資の息切れや金利低下期待の高まりを反映した住宅投資の先送りなどの影響があった

 

円高と輸出の減少はまだ理解できるけれど、「公共投資の息切れ」「金利低下期待の高まり」となると私が経済のど素人だから理解できないだけでなく、なんだかキリスト教の「精霊」や「三位一体」につまづき、代替療法の「理論」につまづいたあの「難解さ」に似ていますね。

 

その月報の行間を読めるほどの能力はないのですが、「思い切った内需拡大策」「大規模な財政支出」「住宅投資が金利に感応的であることは経験的に知られている、また平均的な世帯について所得と返済能力から割り出した住宅資金の調達可能額(住宅取得能力)」あたりに目が行きました。

 

ああそうでした。1980年代はまだ都内でも女性が2DKのひろい部屋を借りることさえ難易度が高かったのに、そのわずか10年後には女性向けのマンション販売が話題になり始めていました。

私も少しだけ「持ち家」に心が揺れたのですが、どうなるかわからない人生で高額のローンを抱えるリスクと、当時すでに実家が築20年を迎えてあちこちに改修の必要があり、そのうちに両親が住まなくなった後どうするのかという漠然とした不安がありましたから、家を持つことにブレーキがかかりました。

 

みなさん、どんどん家を建てているけれど、将来はどうするのだろうと。

更地にするだけでもまたお金がかかりますからね。

ここ10年ほどで近所にポツポツ増えている空き家から、杞憂ではなかったようです。

 

急に銀行の利子が雀の涙になったのは、国民に高額のローンで家を建てさせた政策があったのだろうなとつながりました。

かたや賃貸でローンもない人は、お金を預けているというのに低い利息と高い手数料で銀行に軽くあしらわれていたのだなあ。

 

住宅政策とはもう少し公共性という視点があっても良いのではないか

そして銀行預金の利息の変動に、他のローンに影響されないもう少し長期的な視点が必要ではないか、そんなことを思いつきました。

 

ギャンブルが嫌いなアリからすれば、リスクの大きい投機的な方法で老後資金を準備するよりは、堅実な安定した銀行への投資での利息の方が安心なんですけれどね。

なんで、国は国民にあえてリスクを勧めるように仕向けるのだろう。

「金融リテラシー」とか、まるで国民が無知かのような言葉まで使って。

 

 

まあ、政治経済は学問的根拠がないだけでなく成金同士の融通だと、半世紀ほどの記憶から思うこの頃です。

 

 

*おまけ*

ふだん利子とか利息という言葉を使っていたのですが、通帳をよくよくみると国債の場合は「利金」と表示されていました。いろいろと知らないことばかりですね。

 

 

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