記録のあれこれ 223 「健全なる國家は健全なる農村の建設と農民生活の安定にあり」

長野水神社の境内には、1953年(昭和28)の洪水について二つの石碑がありました。

 

昭和二十八年六月上旬連日の雨は農作物に莫大の損害を與(*の旧字体)えたが其後も○(*雨冠に各)れやらず二十五日夜半からは未曾有の大豪雨となり二十六日午前十時頃巨勢川堤防決壊同じ頃柳野川堤防が決壊した一方筑後川夜明ダム左右両岸を決壊させた濁流は眞正面より古川堤防大石堰に激突し五庄屋の業績も石川原と化し幾多の家屋人畜は一瞬にして波に呑まれていったまた千年村長野水門附近も上流から氾濫して溢れ込む濁流にたまらず遂に決壊なだれ込んだ奔流は巨勢川柳野川決壊口からの濁流を合して下流一帯の町村に渦を巻き益々水嵩を増していった午後一時頃に至りなをもふりしきる雨にさらに水勢を増した筑後川の激流は江南村中島附近水分村石王附近築陽村早田附近字圧○(*人カンムリにユ)村築き廻し堤防と矢継ぎ早に押しくづして暴威をふるった翌二十七日も降り続いて増水し二十八日以降晴れ間を見る様になり漸く安堵の胸をなで下ろした

 昭和三十九年三月吉日 郡議長会長 重富辰三建立

            水神社 宮司  熊抱開男撰書

 

「昭和二十八年の豪雨」は古今未曾有とされる豪雨だったようです。

 

 

 記念碑

大石水道より上寺に至る筑後川に添ふ水路の漏水を止むるため昭和二十七年一億余万円の予算による縣営工事が着工せられた然るに昭和二十八年六月大洪水の為大石堰共他各所が破壊せられ此の改修によ○(読めず)予定が遅れ昭和三十五年四月其の竣工式を施工○(読めず)た時恰も水道の起源が寛文四年四月であ○(読めず)昭和三十八年四月三百年祭を行うに當り記念事業をして水路を暗渠にし境内を通して柳野川と分離した又○○(読めず)橋を永久橋に改修して水神社の境内を整理し神殿拝殿社務所を改築してその来跡を記して貽す。

 昭和三十七年三月  長野水神社総代 大石堰土地改良区理事長  倉高角次郎撰書

 

「新しい神社」と感じたのですが、私が生まれた頃の改築だった様です。

それにしても、私が生まれた頃というのはまだ難しい漢字や言葉を使う大人がたくさんいたのですね。

 

 

*農政の研修に精励された方の銅像

 

さて、境内には大きな銅像がありました。背広を着た姿は明治以降の方でしょうか。

「稲富稜人先生」とあります。「稲富」、偶然にしても素晴らしい名前ですね。何をされた方なのだろうと、ぐるりと胸像の後ろに回ってみたところこんな文章が彫られていました。

 

 稲富稜人先生は明治三十五年八女市岡山に生る。父は八女津實修女學校長稲富廣吉氏、母は久留米藩士漢學者江﨑濟先生の一女なり。人と為り眞に沈着剛毅にして包容力に富み而も邊幅を飾らず。事を處するに燃るが如き情熱と殪(*たお)れて後止むの犠牲的精神とを傾注して必ず目的を達成す。八女中學を經て早稲田大學政治經濟科を卒業するや健全なる國家は健全なる農村の建設と農民生活の安定にありとして、大正十五年若冠二十四歳にして浮羽郡に來り農民運動に挺身す。以來萬難を排し精魂を注入して是が研究實践を持續し四十五年を閲す。茲に同士相倚相計りて報恩の微衷を致し、壽像を建立して功績の一端を録し後昆に傳ふ。昭和十年浮羽郡選出福岡縣議會議員となり十箇年間縣政に盡力す。昭和二十一年衆議院議員に當選すれども進駐軍指令により一切の公職より追放さる。昭和二十六年追放解除。同二十八年衆議院議員總選擧に當選後六期就任し、農林水産常任委員となり、農漁山村の育成に奔走西走寧日なし。昭和二十八年未曾有の水害には衆議院災害對策特別委員として郷土の復奮活躍し、特に大石堰復奮費貮億壹千萬圓の國庫補助を獲得す。その他竹野地區の灌水事業の完成等地方開發の功労枚舉に遑(*いとま)あらず。昭和三十二年中國へ、同三十六年歐洲へ、同三十九年招請されてイスラエル國へ、翌四十年米國へ赴く等外遊も數度に及ぶ。廣く眼を世界に轉じ、農業基本法、農業技術、農業實相の調査等、農政の研修に精勵す。

 昭和四十五年七月 稲富稜人先生銅像建設委員会

(*は引用者による読み仮名)

 

Wikipediaにも説明がありました。稲富稜人(たかと)氏と読むようです。

その「来歴」の行間を読むには、あまりにも農業の歴史を知らなさすぎました。

 

銅像の裏に回って説明を読んだ時に、タイトルに引用した言葉は一世紀後の現代にもさらに大事な言葉だと思ってメモしたのでした。

 

 

長野水神社の境内にある碑文を読むことで、心が折れそうな災害や旱魃理不尽な社会の変化からも、イデオロギーを越えて、過去の闘いを思い出し立ち直ろうという気持ちを与えてくれるのではないか。

こういうことが職業としての政治家の矜持であり、そして後世で評価されるのでしょうか。

 

歩けば歩くほど、日本の農村や土木事業の記録に圧倒されるようになってきました。

 

 

 

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