磐園陵墓参考地と周囲の古墳を歩いて近鉄築山駅についたのが11時ごろでした。雷レーダーを確認すると、大阪方面は雷雨ですが、ぽっかり穴が空いたように奈良は雷雲から外れています。
朝からの雲の流れから、これは午後も雷雨は大丈夫そうと確信が出てきました。
奈良盆地東側の山に沿って古墳があるように西側の山に沿ってたくさんの古墳や周濠や溜池があるので、そこを歩く予定でしたが雨の心配はまだあります。
その地域はまたいつかに延期して、法隆寺西側の龍田地区へ向かうことにしました。
電車の時刻を確認していたら、五位堂駅前から国道横田行きのバスがちょうどあることに気づきました。乗り換えなしで法隆寺のそばまで行けます。これだ!決まりました。
懐かしい五位堂駅で下車しました。吉野川分水を東西幹線水路に分けるための円筒分水工がある場所です。北側に丘陵地帯が広がって、息を切らせながら坂道を登ったことを思い出しました。
バスはその丘陵地帯を北へ進むようです。どんな車窓の風景があるのでしょう。
*馬見丘陵を縦断する*
12時10分のバスを待つ間に、また雨がポツポツと降ってきました。計画を変更して正解でした。
数人のお客さんが乗り込みました。80代ぐらいの男性が乗るかどうかためらっていたのですが、運転手さんがゆっくり丁寧に対応してくださっていてホッとしました。
その後、降車のタイミングを乗客の方が知らせてくれたり、バスの中は和やかな雰囲気でした。
自分の親の姿を重ねる年代の人たちが、子どもを見守るように高齢者を見守り、そして見守られる側になっていく。
そんなことを考えていたら、ぐいぐいと坂道を上り、比較的新しい住宅地と大学の間を通りました。水を得るのが大変そうな高台の上の、整然とした街のつくりは1980年代ごろからでしょうか。この地域の水道も吉野川分水によるのでしょうか。
地図では大小様々の溜池が描かれているのですが、田畑はどこにあったのだろうと思っていると、葛城台の西側に奈良らしい集落と稲荷神社が見え、ため池に「上牧水利組合」と書かれているのが見えました。
その先から下り坂になり、川沿いに遊歩道と周囲に少し田んぼが残っている場所が美しいとメモに残しました。
西名阪自動車道を越え、滝川右岸の高台の「桜ヶ丘」「片岡台」といった住宅地へぐいと上り、また下ると「河合町」に入りました。
私が奈良にはまり込んだ最初の散歩はこの街からで、大和川の支流が熊手のように合わさる「河合」を見てみたいという酔狂な目的でした。
*大和川を越えて斑鳩町へ*
美しい大和川を越えるとその先は河岸段丘で、上り坂の手前に奈良県西和医療センターの大きな建物がありました。
途中にあったクリニックで救急車が搬送の準備をしていたのが見えたのですが、ここへの搬送でしょうか。
そんなことを考えていると三室交差点のあたりから、段丘の上の美しい集落が見えてきました。
灰色の瓦屋根と焼き板の壁の家々がほどよく樹々に覆われて、田畑もポツリポツリと残っています。
大和川の支流である竜田川を渡り、12時59分、斑鳩町役場前バス停で下車しました。
「斑鳩町」、その名前を聞いただけでも心が震えますね。その先には古墳や法隆寺そして天満池と田んぼがある地域です。
バスの中にいながら、千数百年の時間の間で心地よい混乱とでもいうのでしょうか。
やはり「観光」とか「観光資源」という言葉は似つかわしくないのが奈良だ、そんなことをふと思いました。
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