石寸山口神社の御由緒に「桜井木材業界繁栄の守護神」と書かれていたのをみて、地図に「安倍木材団地」地区が書かれていることとつながりました。
次の目的地の東池尻・池之内遺跡に行くのに、山裾沿いを繋いでこの安倍木材団地のあたりを歩いてみることにしました。
石寸山口神社から南へと道なりに歩くと、奈良らしい美しい民家と畑があり、3~4センチ大の実をつけて青々と葉が茂るイチジクが植っていて、祖父を思い出しました。17世紀初めに日本に渡来した比較的新しい植物のようですが、すっかり田畑の風景に欠かせないですね。
美しい家並みの路地を緩やかに上っていくと、八体の小さなお地蔵さんが並んでいています。
新しいお茶がそなえられ、周囲はきれいに履き清められていました。
こういう日々の小さな手入れの積み重ねが美しく落ち着いた街にしていくわけで、自分はどれほどそれに関わってきただろうかと散歩の始まりからしんみりとします。
*安倍文殊院と田んぼ*
竹藪が迫る道を上ると、地図では名前のない溜池があり、その下の田んぼには小さな稲が植えられていました。溜池のそばの細い道を上ると、この地区の高台のあたりでしょうか、公民館の敷地に小さな東屋がありました。その向こうの森の中に安倍文殊院があります。
せっかくだから中の池と溜池を見せてもらいに切り通しのような参道を入ると、谷津のような場所に境内と池がありました。
山の端をぐるりと小さなお社がいくつかあるようです。水の守り神「金比羅大権現」、延命・病気治癒の「十一面観音」、「閼伽井古墳、東古墳」に沿って歩いているうちに見晴らしの良い場所に来ました。池の向こうに遠く葛城山と二上山、そして手前に畝傍山が美しい形で見えています。
また坂道を降りると、魔除けの「晴明堂」「西古墳」がありました。
地図にはかんす池という溜池が描かれているのですが、山のもっと上だったのでしょうか。
下側の池の天堤のような参道を歩いて、西側へと出るあたりで竹藪の中から轟々と水音が聞こえてきました。
南西へと歩くと、突如として水路と田んぼが住宅地の中に現れました。
かんす池とその下側の池を利用した田んぼでしょうか。
そばの灰色の瓦屋根で白壁と焼板の美しい蔵が水面に映っています。いつの時代を歩いているのか、またちょっと混乱する風景でした。
その先に広い公園があり「安倍寺跡」があるのですが、「マムシ注意」にびびって入るのを諦めました。
*材木団地から池之内へ*
ロードサイド店が並ぶ交通量の多い道に出ました。
150mほど歩くと小さな川を渡り、その先は細い道になりました。小さな川はあの耳成山のそばの田んぼを潤しながら流れている川です。
どこからか良い香りが漂ってきと思ったらチップの山があり、製材所がありました。
山裾には溜池があり、その手前には田んぼが広がっています。鶯が鳴き、水路の水を眺めながら歩いていると、ランドセルの会社がありました。
昨日引用させていただいた石寸(いわれ)山口神社を調べて出会った先人の記録によると、「安倍木材団地」の地名にはこんな歴史があるようです。
なお、近代以降に陸上運搬が主流となったことにより、木材供給地である吉野地域との交通の便が格段に良くなった桜井市は木材の一大集積地となり、当社らは彼ら木材の運搬や加工に従事する人々から厚く崇敬されるようになっているようです。
橋本地区を抜けると、目の前に水田地帯が広がり、水路のそばにお地蔵さんが立っておられました。
日差しも出てきて蒸し暑い中、山裾の集落と集落を繋いで郵便配達をしている方とすれ違いました。ほんと、ご苦労様です。
少し先に鎮守の森が見え、いよいよ池之内地区へと入ります。
「東池尻」「池之内」、どんな意味が込められた遺跡があるのだろう。
名前に惹かれて訪ねてみました。
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