雨雲に気を取られて失念したもう一箇所の場所は、県道108号線をまっすぐそのまま150mほどのところにあります。
あの日以来、全体像が少しずつ見えてくる中で、奈良の地図を見て「ああここに」と思ったのでした。
2020年7月に30年ぶりに奈良を訪ねたときに大阪側から大和川を遡り、王寺と川合を歩き、そのあとJR大和路線で奈良へ向かうときに「そうだった、子どもの頃に氷の山と勘違いしていた地名がここにもあったとその向こうに広がる美しい田んぼの風景とともに印象に残り、いつか歩いてみたいと思っていました。
ところが2年後に、まさかの、「今訪ねるのは・・・」とためらう日が続くことになりました。
地図で見るとその施設は、市街地から離れて田んぼのそばにあります。
誰がその土地を手放したのだろう。どんな思いでここへ通う人がいるのだろう。次々と伝わるニュースから、遠出のときには関連施設だけでなく各地のさまざまな新興宗教の施設がどこに建っているのか気にするようになりました。
「なぜそこにあるのだろう」と。
*次々と絶望するニュース*
あの日以来、欠かさずあのニュースには目を通しています。
多くの人が知っていたのにという絶望や自分達が解放されたくても大物の政治家たちが団体に関わっていることで誰が助けてくれるのかという絶望は、カルトに対してだけでなく世界中のあちこちで行われている経済的な収奪や戦争や独裁国家などでの人権抑圧から逃れたくても「政治・経済」の実権を握る人たちの意のままになっていることの絶望と重なります。
事件直後から伝わってきたのは、まるでインシデントレポートを読んでいるかのような分析だというのに、政治家が関わるとちっとも再発防止策ができなどころか「知りませんでした」「何が問題かわからない」と目を泳がせながら政治家のままで居続ける人たちにさらに絶望感が強まりました。
いろいろと子どもの頃から回想すると、じわりじわりと堅実だった両親でさえその影響を受けていた可能性も思いだされ、少し歯車がずれれば誰もがこの立場になっていたと思うほど、この国の政治に浸透していた怖さと絶望感。
国家そのものがカルトに近い状態になっていたのに、「テロリストの名を呼ぶな」という人たちがいることへの絶望感。
韓国では前大統領が現職でも拘束・逮捕されたり、その妻が株価操作や収賄で逮捕され収監されるというニュースに驚いていたら、統一教会総裁もまた政権側へと金品贈与で収監されました。
司法の力というのは強いのですね。
かたや日本の政治家にとっては痛くも痒くもなさそうな、罪に問われない風潮はなんなのだろう。
あの日以来の絶望感の一つですね。
*ようやく裁判が始まる*
なかなか始まらなかった裁判が、10月28日からようやく始まりました。
11月20日、「生きているべきではなかったと思います」「このような結果になってしまって、大変なご迷惑をおかけしますので」という言葉が伝えられました。
絶望の果てに、心が渇ききってしまったのかもしれないと想像しました。
かつては自分を「石ころ」と表現した中学生が、「法曹としてカルト教団被害者の一助となることが目標」とまで心を保っていたのに。
救いは、コメント欄に「自分がこの立場だったら」と葛藤しながら書く方々が、この国にもまだまだたくさんいらっしゃったことでした。
ところが、裁判の主な争点である「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)が事件に与えた影響」で、検察側の判断がこう書かれていました。
教団と被告の関係は極めて薄い。重視すべきは犯行の悪質性だ。
あまりの絶望感に涙も枯れました。
偶然にも、今日18日が裁判の結審の日のようです。
これからどんな司法の判断になるのでしょうか。
そしてそれとは別に、国民の心の中に澱のように溜まったものはこれからどう変化するでしょうか。
*おまけ*
そうそう、2023年4月にこども家庭庁ができて、「こどもまんなか」とキャッチフレーズを使ったときには、ブラックジョークだと思いました。
子どもはまっすぐ大人を見抜きますからね。いつか、あれは大人の方便だったと歴史に残ることでしょう。その時代の大人への絶望感とともに。
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