事実とは何か 124 「証言してくれる政治家がいたら」

1月21日、司法の判断がでました。

さまざまな報道が断片的に「判決要旨」を伝える中、法律に疎い私でも何か釈然としないものでした。

 

「生きているべきではなかった」「このような結果になってしまって、大変なご迷惑をおかけします」という言葉は予想外でした。

ところが検察側の「教団と被告の関係は極めて薄い。重視すべきは犯行の悪質性だ」という最初からの予定調和的な結果に、またこの国への絶望感を感じるものでした。

 

裁判長が被告人に最後に諭す内容がニュースになることがあります。

「生きるべきではなかった」と語る被告人に裁判長はどんな言葉をかけるだろうと、全文が出るのを待っていましたが、「安倍元首相銃撃事件・判決要旨」(2026年1月21日、JIJI.COM)には「生い立ちの影響を認めることはできない」「短絡的で自己中心的な意志決定過程についても生い立ちの大きな影響は認められない」「動機や経緯について大きく酌むべき余地は見当たらない」「元首相に殺意を持って2回にわたり発砲した悪質性及び危険性の高さは、他の事件に比べても著しく、最も重い部類に属すると言える」という身も蓋もないものでした。

 

またこの国の司法制度に絶望感を感じました。

 

 

*「なぜ安倍元総理に向いたのかを立証できなかった」*

 

 

韓国では統一教会について次々と解明されているというのに、彼と我の差はなんだろう。

 

「鈴木エイト氏、山上被告の無期懲役判決に「なぜ安倍元総理に向いたのかを立証できなかった」」(2026年1月21日、日刊スポーツ)の記事に、実際に裁判を傍聴した方のコメントがありました。

傍聴した。ヤフコメでも色々政治家と統一教会との繋がりに関する書き込みがり(原文ママ)「こんなことが明白になっているのに何故?」と思うこともあるが、報道ベースで知り得た内容は、裁判は証拠にもならず、証言として採用されない。実際に証言台に報道で知った情報を話す弁護側証人がいたが、「安倍首相から直接聞いた話のみ証言とし、報道で知ったことはここで採用しないでください」と制止された。なので政治家の〇〇がどうだったかとか、そのような報道で得た情報は今回の裁判では採用されない。心情では情状酌量と思っても、裁判所での判決はそれは考慮されないということです・・・弁護側も、直接安倍さんや政治家と話した訳ではないのだから(亡くなっているのだから話せる訳ないし、生きていても統一教会と繋がっているんだなんて本人が話す訳ないし)、弁護として色々出したくても証拠はないから現実的には不可能。歯がゆいだろうが、できることに限界があったのかと。

(強調は引用者による)

 

それは確かにそうだとわかりました。

であるならば、最初から「黙ったもの勝ち」が決まっていた裁判なのだろうなと。

 

さらにこのコメントに対し「他の裁判でも同じでしょうか?それともこの裁判長の裁量で採用しないのでしょうか?」という質問があり、返信が続いています。

私も無知なもので、他の裁判でも同様なのかは定かではないのですが、その場で理解したのは、「弁護側の証言」はその人が真実として提出できることでないといけないということです。政治家の統一教会との癒着など、報道やネットでは様々報じられ、証人はそのような報道で知ったことも踏まえながら弁護にあたろうとしたら、「安倍さんからあなたが直接聞いたことのみを証言として提出してください」と検察に突っ込まれ弁護ができなかったのです。証人は報道で得た情報を証拠として提出できません。逆に証言をしてくれる政治家がいたら話は別かもしれませんが。一般人が元首相とそんな話をしている訳なく、弁護側にはハードルが高く、情状酌量を訴えかけようとしても、政治家の癒着は証拠として提出されていないはず。なので生い立ちや砲の定義などで争うしかなかったと。社会の責任も大きい事件ですが「政治的様々な事情」は判決には採用されないはずです。

 

「逆に証言をしてくれる政治家がいたら話は別かもしれませんが」

ほんと、回心するどころか「死人に口無し」でダンマリを通し、息を吹き返す時を待っている政治家の世界ですね。

 

黒を白に、白を黒にしようとしているまさに渦中の時代に生きているのだと、そして司法の世界の限界を改めて思った裁判でした。

だから、社会に生きる希望や夢が欠けた空気になるのですね、戦争の後のように

 

これは目を離さずにいようと改めて思いました。

「元首相には被害を正当化できるような落ち度は見当らない」(判決要旨)

この一文が正しかったかどうか、明らかされていくには時間がかかるでしょうけれど。

 

 

*おまけ*

社会の反応を「被告人への同情」と一括りにして反論する人も多いのでしょうか。

そうではなく、国民の生殺与奪への不安ではないかと思えてきました。

司法にもリスクマネージメントはあるのだろうか。この国では誰が助けてくれるのだろうか。

 

 

 

 

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