2~3年ほど前からチラチラと耳にした「昭和100年記念式典」、胡散臭いなあきな臭いなあと思っていたのですが本当に実行されたのですね。
誰の発案なのだろうと検索したら、「昭和100年式典実施へ自民有志が議連設立 会長に麻生副総裁」(2023年12月1日、産経新聞)にこんなことが書かれていました。
昭和の元号を冠した時代は西暦1926年12月から1989年1月まで62年余り続いた。過去には明治改元から100年の昭和43年に政府が日本武道館(東京・北の丸公園)で昭和天皇、香淳皇后臨席の下、記念式典を開催。平成30年には明治150年の式典を憲政記念会館(東京・永田町)で開いている。
明治100年記念式典、明治150年記念式典というのもあったのですね。
「大正100年記念式典」も記憶にないのですが、検索するとそれはなかったようです。
なぜなのだろう。
*昭和元年は大正デモクラシーの終焉の年*
「昭和元年」で検索していたら、「昭和元年は大正デモクラシー終焉の年」という記述がありました。
そうでした、「大正デモクラシー」は高校の現代史で駆け足で習いましたが漠然としています。
AIが教えてくれました。
大正デモクラシー(1910年代〜20年代)は、大正時代に広まった民主主義・自由主義的な政治・社会・文化の運動と風潮の総称です。吉野作造の「民本主義」や美濃部達吉の「天皇機関説」が理論的支柱になり、護憲運動、原敬の平民宰相誕生、普通選挙法(1925年)の成立など、日本の民主主義の基礎が作られました。
自由と民主、まさに党名の歴史の始まりのはずなのに、自由民主党とか当時の民主党とかから声も上がらなかったのかしら。
1918年には米騒動もあったし、大正時代の「希望を紡ぎ出した先人たちに学ぶ」ことがたくさんありそうですけれど。
「大正100年」(2011年)に、国民が米の先物取引の歴史を知っていたら今の混乱は防げていたかもしれないですね。
定義:天皇主権の明治憲法下で、政治の主導権を民衆に置く「民本主義」を背景に、政党政治と普通選挙を求めた動向。
背景:第一次世界大戦後の社会不安、労働運動・農民運動の活発化、メディアの普及(新聞の部数増)。
ああ、そうか。「寝た子(民衆)を起こしてはいけない」ってことですね。
*「両陛下『深い反省と平和守る努力が大切』」*
どこかのイベント会社が計画したような式典に見えましたが、三代かけて時代の葛藤と過ちに向き合ってこられた天皇家の方々にとっては、この式典にご臨席されるのはどんなお気持ちだったのでしょう。
翌日、ああ、これこそが「国民統合の象徴」となるべく、葛藤されてこられた方の心からの言葉だと思いました。
宮内庁は30日、政府主催の「昭和100年記念式典」に出席された天皇、皇后両陛下について「過去の歴史から謙虚に学び、深い反省とともに平和を守るために必要なことを考え、将来へとつなげる努力を続けることが大切との思いで式典に臨まれた」ことを明らかにした。(2026年4月30日、毎日新聞)
そして、これこそが「昭和の日」にふさわしいメッセージだと思いました。
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