今回の目的のひとつでもある仙酔島との渡船に乗ることができ満足し、今まで読み方も知らなかった「鞆(トモ)」の街に親近感が沸く散歩になりました。
さあ、またトモテツバスに乗ってきた道を戻りましょう。同じ道を往復するときはできるだけ両側の車窓の風景を見るように席を変えるのですが、やはり瀬戸内海を見ていたくて今回は同じ風景を選びました。
どの地域から見る瀬戸内海も、島が重なり本当に幻想的です。
造船関係でしょうか、鉄工所団地があります。「瀬戸内海の造船所」を歩き尽くす散歩、ああ、また壮大(無謀)な計画を思いついてしまいました。困りましたね。
ずっと海を眺めていたいのですが、バスは海沿いの道から離れていきます。
たしか地図には「田尻」という地名と干拓地らしい場所と民俗資料館があった場所です。途中下車したかったのですが、これから芦田川沿いを歩くので先を急ぎました。
切り通しの道を越え、溜池のそばを通り、11時34分に大谷団地前バス停で下車しました。「水呑(みのみ)向丘」という地名から高台にある団地をイメージしていたのですが、バス停のあたりは平地で「海抜0.7メートル」でした。芦田川の河口の近くです。
*お店を続けるということはすごい努力の賜物*
あらかじめマップで目星をつけていたお店が2軒あります。遠出も3日目、そろそろ野菜をガツンと食べたい時期ですから中華料理店にしましょう。
スマホで確認すると「営業中」になっています。バス停から少し戻ったところにあるお店に行ってみると、廃業されたようです。そういえば口コミに「年配の大将」とありました。
まるで、ドラマ「ゼツ飯ロード」のようで身にしみますね。
気を取り直してもう一軒に行ってみましたが、休業でした。
ああ…悲しい。
空腹は耐えられるのですが、せつなさは辛いですね。最近、遠出でマップのレストランで検索したお店を訪ねると閉店している確率が高くなってきました、あくまで主観ですけれど。
これも時代の過渡期でしょうか。
毎日、何十年も、美味しい食事を黙々と作って下さることがどんなにすごいことか。
やはりこれも、何十年か生きてみないと実感にならないかもしれないですね。
*元気が出ました*
今日は昼食無しでもうひと頑張り歩くことにしましょう。かつては畑や田んぼだったのでしょうか、比較的新しい住宅地にイチジクがあちこちに植わっています。なんだか祖父のことを思い出していたら元気が出てきました。
芦田川の河口へは、先ほどの海抜0.7mからまたゆるやかな起伏のある道です。
その途中にカフェがあってランチ営業中でした。
五郎さんだったら「カフェの気分じゃないか」か「あった。ここを逃したら」のどちらだろうと思いながら近づき、そのままふらっと入ってしまいました。
お腹が空いていたんですね。
最近はどこでもランチがいきなり1200円台とかになってしまいましたね。節約の身には贅沢ですが、旅先だとちょっと気持ちが大きくなり、チキンのトマト煮とビールも頼んじゃいました。
「(消費税だけで交通費の節約1回分)…」、いやいや忘れましょう。
落ち着いたお店で、料理もビールも美味しくて元気が出ました。
あと何回外食や他の人に作ってもらった料理をいただくのか。その人はどんな人生で、今料理を作ったりお店を開いているのだろう。毎回そんな思いが強くなり感謝、と立ち止まって入力
お店を出たあと、こんな散歩のメモを記録したのでした。
*「カフェめし」いつ頃から?*
ふだんはカフェや喫茶店に行くこともなく、「カフェめし」とも無縁の生活です。
高校生の頃には喫茶店でご飯を食べていた記憶があって、学校の目の前にある喫茶店はお腹を空かした生徒が出入りしていたから校則で禁止ではなかったのだろうと思います。
そういえば「喫茶店の食事」から「カフェめし」と呼ばれるようになったのだろうと検索してみたのですがAIは答えてくれず、でもWikipediaに「カフェめし」の簡単なまとめができていました。
呼び方の歴史は書かれていませんが、「代表的なメニュー」に私が高校生の頃に「これが喫茶店のご飯」と思っていたものがないことがちょっと意外でした。
それは「ピラフ」です。
チャーハンではなくピラフ。それをあの独特の喫茶店の雰囲気の中で食べるのは、ちょっと背伸びして大人になった気分だったのでしょうか。
全国あちこちに「カフェ」や「ダイニング」といったおしゃれなお店が増えて、私はむしろ「食堂」に惹かれていますが、半世紀ぶりの「カフェめし」に、これからは旅先のご飯の選択肢に入れてみることにしましょう。
*おまけ*
と、書いてブログ内を確認したら、昨年6月に奈良の佐保川沿いの水田地帯にあったおしゃれなカフェでパスタとコーヒーで生き返ったことを記録していました。
「食べるということ」まとめはこちら。