吉備真備の記念碑がある中国西安市(旧長安)の公園に、ちょっと道草です。
検索すると、「郷土の偉人の足跡を辿って」というブログ主さんが2011年に訪ねた記録があり、写真をみることができました。ほんと、どの分野にも先人の記録がありますね。
そのブログ内で「環状公園」とあったので、検索してみると「BaiduWiki(百度百科)」に詳しい説明がありました。
西安環状公園 陝西省西安市碑林地区にある公園。
西安環状公園は、陝西省西安市の中心部に位置し、周囲の長さは13.7キロメートルであり、中国の古代城壁の中で最も完全に保存されているものであり、全国重点文物保護単位に属している。西安環状公園の南半分は無料で開放されており、明代城壁、護城河、環城林帯の三位一体の立体化された公園であり、独特の風景を備え、陝西省特有の公園景観である。
「周囲の長さ13.7キロメートル」とは、やはり中国の城壁はスケールが違いますね。
*その水はどこからきたのだろう*
「護城河」らしい水辺の写真があり、日本でいえばお堀でしょうか。
俄然、「この水はどこから来たのか」知りたくなって、中国へ妄想の散歩に出かけました。
「西の都」だからこのあたりかと拡大していくと、黄河の支流沿いにありました。
西安駅の南側に、真四角の水路が描かれているのでこの辺りでしょうか。
「西安市は、渭河流域中部の関所盆地にあり」(Wikipedia、「西安」)。
「渭河(いが)」は市の北側を西から東へ流れる支流で、100kmほど東で黄河へと合流するようです。
地図では南側の山地から北へと流れて渭河へ合流する川が描かれています。西安はその「川合」にあるように見えるし、あるいはそれぞれの川の扇状地が合わさった場所のようにも見えます。Wikipediaの「地形」を読んでも土地勘が全くない場所は歯が立ちません。
ただ、「敵」から守るだけでなく、洪水や渇水など自然との闘いは想像に難くない説明でした。
ああ、実際に歩いてみたいものです。
*陳舜臣の小説や漢詩の世界が重なる*
「西安(旧長安)」に惹きつけられたのは、他人や歴史上の人間関係を覚えるのが苦手な私が、なぜか高校生頃から陳舜臣氏の歴史小説にはまり込んだのでした。
そうそう、漢詩の授業は楽しかったので、その世界へ誘われたからでしょうか。
記憶力はそれほど良くないので、なんとなく話の筋が印象に残っているだけでしたが、小説でありながらノンフィクションのようだったから読みやすかったのかもしれません。
と、Wikipediaの「人物」に「身内殺害や虐殺を行った」歴史上の人物が嫌いだったこと、「陳の中国周辺のマイノリティ(少数民族)への温かい眼差しと強い興味関心」と書かれていて、そういう雰囲気の伝わる小説だったかもしれないと思い返しています。
今はすっかり中国の歴史も漢詩も忘れてしまいましたが、時間ができたのでもう一度読み返してみたくなりました。
*「碧水が古城に映る」美しい景色*
「百度百科」の説明によると、公園は1983年4月1日に正式に着行し、1984年7月9日に「西安城壁の南半分にあたる6.06キロメートルの城壁と城河のボランティア労働による整備工事が完成した」とあります。
1980年代前半の中国ですから、「ボランティア労働」というのは人民服の時代の人海戦術による工事ですね。ほぼ、強制的な労働だったのかもしれません。
南側半分が完成したところで、吉備真備記念碑が建立されたようです。
そして長い時を経て、今年の初めに完成されたことが書かれていました・
2026年1月20日 西安護城河の駅前区間改造工事が正式に完了し通水を開始した。これは全長14.6キロメートルの護城河水系が全線でつながったことを意味し、千年の古都に「城壁と水が相依う」完全な景観が再現された。
「城壁と水が相依(あいよろ)う完全な景観」、どんな風景でしょう。見てみたいものです。
そういえば、中国の水系もまだ全然たどっていませんでした。世界中の川とその地域の歴史、現代は地図を眺めながらたどる自由があるのは幸せなことですね。
今度は中国へ妄想の旅に出かけましょう。
*おまけ*
川の中流域に広がる盆地から狭隘な場所を抜けて下流になるような場所、例えば筑後川中流の三隈川が広がる日田のような地形を「関所盆地」というのかと思ったら違いました。
AIが教えてくれました。
中国陝西省の中央にある渭水盆地(いすいぼんち)。またはその中心都市である西安(かつての長安)を指す地理・歴史用語です。
歴史を知らないと地理への知識も深まらないし、逆もまた然りですね。
道草は楽しい。
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