「政治と経済」のニュースを追っていると、「狐と狸の化かしあい」という言葉がしょっちゅう思い浮かぶこの頃。
どんな民話だったけと検索すると「民話の部屋ー『とんとむかしあったとさ』」というサイトがありました。
とんと昔もあったげな。
狐(きつね)と狸(たぬき)とあったげな。昔から、”狐は千年昔のことを識(し)り、狸は三日先のことを知(し)る”ということだそうな。
あるとき、狸が山道を通(とお)っていたら狐と出逢(お)うたそうな。
「やあ狐どん、どこへ行きよるんなら」
「ちょっと遊(あそ)びに行きよる。狸どんは何しよるんなら」
「おら、何ちゃせん。ええことないかなあとただ歩きよる」
「ふうん。そんならちょうどええ。狸どんよ、おれ一遍(いっぺん)お前と化(ば)かし合いをしたいと思っとった。どうだ、ひとつやってみんか」
狐がそういうと狸は、「ああ、ええよ。そんならいい出しっぺのお前が先にやってみいや」というた。
「いやいや、先は狸どんにゆずる」
「なんの、やっぱり狐どんじゃろう」
「いや狸どんやれ」
と、両方(りょうほう)ですすめ合いしとったが、そんならくじ引きにしようということになり、枯枝(かれえだ)の長いのと短(みじか)いのとを拾(ひろ)うて引いてみたら、狐が先に化けることになったと。
そこで狐がデングリをうつと、きれいな娘(むすめ)になった。髪(かみ)の毛(け)にカンザシ差(さ)して、黄八柄(きはちがら)の着物(きもの)まで着とる。狸は、
<こりゃあ、おらより数段(すうだん)化けがうまい>
と舌(した)を巻(ま)いたが、負(ま)けるわけにはいかん。
「上手(じょうず)に化よるが、尾(お)っぽが見える」というてやった。
狐は化けを解(と)いて元の狐に戻(もど)った。
そして、「いやあ恥(は)ずかしいところを見せちまった。狸どん、お前は昼でも尾っぽが出んように化られるんか」ときいた。
狸は、「うん、化られる。しかし。おらが娘に化けるとどうしても肥(こ)えた娘になっちまう。それよりおらは殿(との)さんの行列(ぎょうれつ)に化て見せてやる」というた。
狐が細(ほそ)い目を丸(まる)くして、
「それはすごい。ぜひ見てみたい」というと、狸は、
「殿さんの行列に化けるには、ちいっと手間暇(てまひま)がかかるんだ。今すぐというわけにはいかん。今日と明日はせわしいから、明後日(あさって)この下の街道(かいどう)で待ちよれよ。きっと殿さんの行列に化けて見せてやるから」というて、別(わか)れたと。
今日、明日も暮(く)れて明後日になった。
狐は約束(やくそく)した山の下の街道で、今か今かと待っていた。来た。
「下にぃ、下にぃ、下におれぇ」というて、殿さんの行列がやってきたと。
行列は、先ぶれが通る、槍(やり)持ちが通る、挟箱(はさみばこ)を担(かつ)いだのが通る、そして大勢(おおぜい)の侍(さむらい)に囲(かこ)まれてお駕籠(かご)に乗(の)った殿さんが通った。それはそれは立派(りっぱ)な行列だったと。
あんまり見事(みごと)なもので、狐はつい街道に飛び出し、行列の前を横切ったり、中に入(い)りまじったりして、
「狸どん、ようやる。本物と違(ちが)わん」というて、ピョンコ、ピョンコ跳(は)ねて喜(よろこ)んだ。
そしたらなんと、お供(とも)の侍に首をスポーンとはねられてしもうたと。
行列は、本物の殿さんの行列であったと。
狸は、三日先の殿さんの行列を知っておったと。
うわぁ〜、こんな怖い話をこどもの頃に聴いていたのですね。
漢字にふりがながないと読めないような年齢の子どもたちにも、じわりとイメージできる話ですね。
*民話なのになんだかリアル*
そのサイトに投稿された感想も的確でした。
狐の方が先行で化ける自信も実力もあり、狸の殿様行列を疑わない素直さがあり、さらに探究心がある成長型。だが、相手がズルをすると言う、猜疑心や想定、想像が無く、尻尾を出してしまう様な詰めが甘い。一方、狸は、相手の実力を冷静に判断し、同じ土俵では負けるのがわかった為、知っていた情報を悪用した。詐欺の手口と似ている。悪知恵を働かせた。事により、結果、狐が首を落とした。そこまで想像していたかはわからないが愚か。狐は自信家で足元をすくわれ、狸は悪知恵を実行し愚か、日本の民話はアンデルセンの童話と同様に学ぶことが多い。
(強調は引用者による)
類義語は「腹の探り合い」「頭脳戦」「心理戦」「かけひき」だそうで、なんだか「自分は社会を動かす大物だ」と思い込んでいる「成金の失敗」が重なりますね。
子どもの頃は、民話というのはありそうでなさそうな非現実的な話に感じていたのに、ひしひしと現実のことだったのだと思うようになるとは。
そして実感を持って、また語り継がれていくのでしょうか。
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