記録のあれこれ 253 伊能忠敬も「記録は大事」と思っていた記録

佐倉といえば伊能忠敬とすぐに思い出したのですが、佐倉ではなく佐原(さわら)でした。

 

勘違いついでに佐倉惣五郎と伊能忠敬の時系列が曖昧なので、伊能忠敬のWikipediaを読み直してみました。

佐倉惣五郎が亡くなって92年後に生まれたようですから、ちょうど一世紀三代ぐらいでしょうか。

 

 

*「河岸一件」で「記録を残すことの重要性を身にしみて認識」*

 

「河岸一件」も以前読んだような記憶がうっすらあります。

田沼は幕府の収入を増やすため、利根川流域などに公認の河岸問屋を設けそこから運上金を徴収する政策を実行した」時期、あの「株仲間を公認」「商人の経済力を重視」の時代ですね。

 

この運上金免除の願いは聞きいれられず、問屋として公認される必要が出てきた中でのゴタゴタが描かれています。

なんだか現代も似ていますね。

この箇所を読み直して、以前は目に入らなかった以下の箇所で伊能忠敬にますます親近感を覚えたのでした。

この事件で重要な役割を果たすことになった伊能家の古い記録の多くは、忠敬の三代前の主人である伊能景利がまとめたものだった。景利は佐原村や伊能家に関わることをはじめ、多くのことを丹念に記録に残しており、その量は本にして100冊以上になっていた。忠敬はこの事件で記録を残すことの重要性を身にしみて認識し、自らもこの事件について『佐原邑河岸一件』としてまとめた。また、先祖の景利が多くの記録をまとめ始めたのは、隠居したあとになってからのことだった。この、隠居後に大きな仕事を成し遂げるという先祖のした事は、のちの忠敬の隠居後の行動にもつながることになる。

(強調は引用者による)

 

伊能忠敬が記録の大事さをみにしみて感じたのが24~25歳ごろ、そして全国を歩き始めたのが56歳。

「洪水により田畑の形が変わるので測量が必要」と全国を歩き「政治や歴史の事情よりも数字や地理学的な正確さを優先させ」あの正確な日本地図を作ろうとしたのは、この記録が原点でしょうか。

 

そして隠居後にそうした行動になるのは、過去と現在がつながり年表という地図を正確にしたいと思う年代だからかもしれませんね。

 

 

*侮れない市井の人の記憶と記録*

 

さて、今日の本題はここからです。

 

「心の中に封印しておいた方がよいと思った疑問」でしたが、まさかはっきり記憶している人の記録を読むことになるとは思いませんでした。

「杉村太蔵氏、女性天皇容認に動いた小泉元首相の「表情一変」瞬間振り返る 皇室典範改正めぐり」(2026年7月1日、日刊スポーツ)のコメント欄です。

 

あくまでも「当時の人がどう思っていたか」ですが、「当時を垣間見る貴重な記録」ですね。

当時の安倍元首相の言葉が引っ掛かりました。安倍氏は「お腹の子の継承権を奪うのか」とはっきり言いました。つまり妊娠6週目にして男児ということを知っていた可能性が高いです。そもそも女性・女系天皇へ舵を切ろうとしていた法案です。お腹の子が男児だろうが女児だろうが継承権は奪われません。順位が下がるだけです。むしろ奪われたのは愛子さまの方です。絶対に愛子さまに継承させたくない政治勢力があるのでしょう

2005年有識者会議は本当に各分野の叡智の詰まった結論だった。安倍さんは、お腹の子の継承権を奪うのかー!って叫んでましたね。まだ、男女も分からないのに。倫理違反の産み分けをしたと秋篠宮自身が漏らしていましたし。明らかな簒奪。しかし、男系男子派にとっては秋篠宮と息子もいらないようですね。

簒奪、「さんだつ」と読むのですね。恥ずかしながら初めて見た言葉です。

確か6週目くらいで発表しましたよね。何がなんでも阻止したかったからと思いました。

女性天皇に強力に反対していたのが当時の官房長官だった故安倍総理ですね。なんと紀子妃は妊娠5週目で男子だと公表されていた。通常は12週位でまだ男女がわからない時期であるにも関わらずです。医学も進んでいますからね。杉村さんが男系男子派だとは知りませんでした。

 

なんと、当時も周産期医療の現場で働いていたのにこれらの情報の記憶が全くありません。後継者問題に無関心だったことが本当に悔やまれます。

「子どもまんなか」なんてプロパガンダが虚しくなるくらい、大人の勝手ですよね。

 

世の中の市井の人の正確な記憶と記録によって成り立つ社会ですね。

そして、隠居する年代というのは「政治・経済」のつじつまのあわなさが見えてくるものだと、改めて記録の大事さを思った次第です。

なんかおかしいなと思ったら記録、ですね。

 

最近、よく耳にする「静謐な環境で議論を」というのは、安倍元首相の「静かに慎重に議論していくことが大切だ」の焼き直しでしょうか。

なんだかなあ。

「静謐な環境で」という議員は要注意で、必ずWikipediaを読むことにしましょう。

 

 

 

*訂正*

過去記事を検索すると、佐原を佐倉と間違って書いたものがいくつかあるので訂正しておきました。

 

 

 

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