6月1日に近所でネジバナを見つけ、今年もまた目を皿のようにしてネジバナを探すシーズンが始まりました。それでまた6月中旬に東御苑を訪ねました。
最近では初夏のネジバナと秋のツルボを眺めに年に2回は訪ねているので、頭の中に東御苑や皇居周辺のネジバナとツルボの地図ができています。
父の世代のイデオロギーへの反発から日本史や天皇の歴史を避けていた私なのに、2017年ごろから玉川上水の歴史から皇居が身近になり、東御苑の昭和天皇が造られた雑木林に魅せられるようになりました。
さらには天皇陵や周濠を訪ねたり、地図で見つけた各地の神社を訪ねているのですから、ほんと思えば遠くへ来たものです。
少しずつ自分の中の「天皇制」への想いも明確になりました。
そうそう、この「天皇制」という言葉さえあまり考えずに使っていましたが、昭和初期に使われ始めたことや、そのニュアンスの変遷も初めて知りました。ほんと、勉強になる毎日です。
*生活の中の「天皇」という存在*
私には昭和天皇というと「玉音放送」「戦争責任」「人間宣言」をまず思い出して緊張するような存在でしたから、終戦直後に皇居前広場を埋め尽くす国民が写っている映像を見ると「権威とか権力」の呪縛から逃れるのは難しいのだろうと、つい最近まで思っていました。
ところが皇室典範「改正」が可決したあともたくさんの意見が書き込まれるのを見ると、当時も心から天皇を慕っていた国民の自発的な行動だったのではないかと、現在と重なって見えてきました。
「天皇制」を利用する人とは違う、生活の中の天皇への想いが脈々と続いているのではないかと。
水や山や田んぼのそばに、小さな神社や祠が無数にある国です。
その水が御神体であったり山が御神体であったり、そして御由緒には災害や疫病や人間の失敗の記録が書かれています。
鎮守の森は社叢(しゃそう)という自然や住民の生活の有形無形の文化財を保存することだったことも知りました。
そして全国津々浦々どこも整然とした田畑が広がっているのは、神社を掃き清め守るように田畑や山や水を守っているからですね。
と、そこまで考えていたら、ちょうど黒部漁港そばの名水公園の石碑がつながりました。
最上の「善」は、ちょうど水のようなものである。
水は、よくあらゆる物に利益を与えているが、他と争うことはない。
生活の中の天皇の存在は、この「最上の『善』」を体現したものかもしれません。
今回声を上げたたくさんの国民は天皇制の権威にひれ伏しているのではなく、最上の善を求めているような気がしてきました。
*おまけ*
「皇居東御苑『花暦』」という冊子を購入しました。たくさんの植物が、写真ではなくてボタニカルアートで描かれているのがまた味わいがあります。
皇居内の田んぼについての本がないかと期待したのですが、それは無いようです。昭和天皇が始められたという経緯や田んぼの風景の変化、そしてあの水はどこから来たのか、いろいろ関心が尽きません。
いつの間にか「天皇制」について想いを書いた記事がたまりました。
畏れ多いのですが、こちらにまとめておきましょう。
<2013年>
「天皇家や著名人の権威に与し、産婆の職を権威づけようとした明治期の産婆」
<2014年>
<2015年>
<2016年>
<2017年>
<2018年>
<2019年>
<2020年>
<2021年>
男女共同参画を掲げながら「女性天皇、女系天皇、女性宮家」に反対する女性議員
<2022年>
<2023年>
<2024年>
日本で初めて水時計を作って人々に時刻を知らせた斉明天皇と天智天皇
<2025年>
<2026年>
仏教の力で戦乱や疫病などの災いから守ろうとした聖武天皇の鎮護国家と国分寺
「生活のあれこれ」まとめはこちら。
失敗とかリスクのまとめはこちら。
ネジバナのまとめはこちら。
地図のまとめはこちら。