生活のあれこれ 92 「天皇制」は「水の如し」

6月1日に近所でネジバナを見つけ、今年もまた目を皿のようにしてネジバナを探すシーズンが始まりました。それでまた6月中旬に東御苑を訪ねました。

最近では初夏のネジバナと秋のツルボを眺めに年に2回は訪ねているので、頭の中に東御苑や皇居周辺のネジバナとツルボの地図ができています。

 

父の世代のイデオロギーへの反発から日本史や天皇の歴史を避けていた私なのに、2017年ごろから玉川上水の歴史から皇居が身近になり、東御苑の昭和天皇が造られた雑木林に魅せられるようになりました。

さらには天皇陵や周濠を訪ねたり、地図で見つけた各地の神社を訪ねているのですから、ほんと思えば遠くへ来たものです。

少しずつ自分の中の「天皇制」への想いも明確になりました。

 

そうそう、この「天皇制」という言葉さえあまり考えずに使っていましたが、昭和初期に使われ始めたことや、そのニュアンスの変遷も初めて知りました。ほんと、勉強になる毎日です。

 

 

*生活の中の「天皇」という存在*

 

私には昭和天皇というと「玉音放送」「戦争責任」「人間宣言」をまず思い出して緊張するような存在でしたから、終戦直後に皇居前広場を埋め尽くす国民が写っている映像を見ると「権威とか権力」の呪縛から逃れるのは難しいのだろうと、つい最近まで思っていました

 

ところが皇室典範「改正」が可決したあともたくさんの意見が書き込まれるのを見ると、当時も心から天皇を慕っていた国民の自発的な行動だったのではないかと、現在と重なって見えてきました

「天皇制」を利用する人とは違う、生活の中の天皇への想いが脈々と続いているのではないかと。

 

水や山や田んぼのそばに、小さな神社や祠が無数にある国です。

その水が御神体であったり山が御神体であったり、そして御由緒には災害や疫病や人間の失敗の記録が書かれています。

鎮守の森は社叢(しゃそう)という自然や住民の生活の有形無形の文化財を保存することだったことも知りました。

 

そして全国津々浦々どこも整然とした田畑が広がっているのは、神社を掃き清め守るように田畑や山や水を守っているからですね。

と、そこまで考えていたら、ちょうど黒部漁港そばの名水公園の石碑がつながりました。

最上の「善」は、ちょうど水のようなものである。

水は、よくあらゆる物に利益を与えているが、他と争うことはない。

生活の中の天皇の存在は、この「最上の『善』」を体現したものかもしれません。

 

 

今回声を上げたたくさんの国民は天皇制の権威にひれ伏しているのではなく、最上の善を求めているような気がしてきました。

 

 

*おまけ*

「皇居東御苑『花暦』」という冊子を購入しました。たくさんの植物が、写真ではなくてボタニカルアートで描かれているのがまた味わいがあります。

皇居内の田んぼについての本がないかと期待したのですが、それは無いようです。昭和天皇が始められたという経緯や田んぼの風景の変化、そしてあの水はどこから来たのか、いろいろ関心が尽きません。

 

 

 

いつの間にか「天皇制」について想いを書いた記事がたまりました。

畏れ多いのですが、こちらにまとめておきましょう。

<2013年>

「天皇家や著名人の権威に与し、産婆の職を権威づけようとした明治期の産婆」

<2014年>

「カラーで読みがえる東京」

<2015年>

日の丸と君が代

<2016年>

「友好」から「慰霊」に70年の月日が必要だった

<2017年>

明治神宮御苑

<2018年>

八重洲地下駐車場は皇族の防空壕だった

<2019年>

山梨の水の闘いと明治天皇の恩賜林

昭和天皇と山形県歌「最上川」

<2020年>

天智天皇が遷都した近江大津

「いにしえより水に乏しい平城京」から長岡京へ

「昭和天皇御植樹」の碑

昭和天皇御植樹の3年後から全国植樹祭始まる

<2021年>

男女共同参画を掲げながら「女性天皇、女系天皇、女性宮家」に反対する女性議員

元号と西暦

<2022年>

称徳天皇(女帝)の時代の水波能女神を祭神とする神社

明治天皇の東北巡幸のおりに使われた「御膳水」

山の辺の道と天皇陵

崇神天皇陵から景行天皇陵そして三輪神社へ

国造りへの気持ち

<2023年>

大和朝廷と仏教伝来の地

聖武天皇・光明皇后の悲田院・施薬院と東大寺福祉事業団

朝廷より民衆を惑わす妖僧と弾圧された行基さん

継体天皇の時代は湖だった福井平野

明治に入るまで神体山とされていた八幡山

<2024年>

皇居東御苑の昭和天皇の「雑木林」

見ると幸せになる花を探しに東御苑へ

広い世界へ出た生活の失敗を綴った天皇陛下の記録

三代にわたる時代の葛藤それが「国民統合の象徴」

日本で初めて水時計を作って人々に時刻を知らせた斉明天皇と天智天皇

<2025年>

昭和天皇がお忍びでカスリーン台風の被災地を直接訪問

<2026年>

仏教の力で戦乱や疫病などの災いから守ろうとした聖武天皇の鎮護国家と国分寺

「大正100年記念式典」はなかったらしい

「女の子がほしい」という時代へ

天皇制に思うこと

明治から大正生まれの方の先見の明

政府の公式な式典がない「憲法記念日」

租税や労役の減免について吉備真備の進言と淳二天皇の勅

前近代に時計の針を戻す「旧宮家の男子を養子に」

天皇陛下の電報

国民の生活と気持ちの変化を知らなさすぎる政治家

「女性・女系天皇の議論」はなぜ白紙撤回されたのだろう

「静謐な環境で議論を」という議員は要注意

「天皇制はいらない」は相手の「思う壺」

この国が裸の王様に支配されずに済んだのは天皇制があったから

天皇制を利用する宗教とか政治団体とか

「立法府の総意」が使われ始めたのは2017年

「慰霊の旅」を続けてこられた天皇家を嫌いな総理大臣

昭和天皇の戦後巡幸

皇居に畑もあった

「砂防の父」による1948年の昭和天皇へのご進講

高橋是清が時局匡救事業後に軍事予算削減を主張して暗殺された二・二六事件と昭和天皇

「久松侍従を旱害視察に派遣」

「遥拝」の意味

「昭和天皇が参拝やめた理由」

 

 

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