記憶についてのあれこれ 85  <記憶に救われる>

十年ちょっと前、これからも病院で働き続けるかどうか悩んでいた時に、かかってきた1本の電話で私の働き方が大きく変わりました。


ずっとご無沙汰していたある方からの電話で、なぜか私を思い出してくださり、「○○で働いてみませんか?」と声をかけてくださったのでした。


それからは小規模の産科診療所で働くことになり、助産師としての視野もまた広くなりました。
日本の出産はこういう産科診療所が1960年代以降担って来たこと、私が知っている「産科」というのは一部にすぎなかったことなど、たくさん考える機会になりました。


あのまま病院で働いていたら、きっとこのブログもなかったことと思います。


40を過ぎた頃からでしょうか、10年前や20年前に音信が途絶えたかと思っていた人から連絡があったり、偶然、再会することがぼちぼち増えてきました。


なぜ、私を思い出してくれたのか。
なんだか人の記憶の偶然とでもいうのでしょうか、そんな不思議さには畏怖に近い感情があります。


<半世紀以上を経ての再会>


先日、父の面会に行った時のことです。


いつもの通り、山々がよく見える暖かいホールに座って、父とコーヒーを飲みながらお菓子を食べていました。


その近くに座っていた80代ぐらいの男性が、突然、「○○さんではありませんか?」と父に声をかけてきました。
その男性の奥様がやはり認知症で入院されていて、面会にいらしていたようです。


お話を伺って、驚きました。
父の部下として働いていたそうで、「何かあればいつでも相談しなさい」といってもらったと、父のことを覚えていたそうです。


それは、私が生まれるよりもさらに10年ぐらい前、今から60年以上も前のことだったようです。


父の一言がその方の記憶に残り、その記憶が私自身が知らない父の記憶へとつながっていく。
なぜその方の記憶に残っていたのでしょう。
記憶とは何なのでしょう。
本当に不思議です。


父の記憶からはもうその方もその時代のことも忘れてしまった様子でしたが、うれしそうな表情でその人を見ていました。





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