散歩をする 362 小貝川と鬼怒川の間を歩く

福岡堰に圧倒され、小貝川がつくりだした地形と、ふらりと立ち寄った水田の歴史にまた圧倒されながらバス停へと向かいました。 蛇行した石積みの堤防も美しく、そのそばをしばらく歩いてから、名残惜しい水田の風景をなんども振り返りながらバス停のある高台…

米のあれこれ 31 「禾黍油油」

小貝川の旧河道の堤防とに挟まれた場所にある川口公園は水田に囲まれていました。 田植えから稲刈りまで、どんなに美しい場所だろうと、11月中旬のちょっと茶色い風景の中で想像しました。 ここからひとつ手前のバス停まで歩いてまたコミュニティバスに乗る…

散歩をする 361 小貝川 と上郷ジオパーク

福岡堰と伊奈神社を訪ねたあとはどこへ行くか計画の段階で地図をずっと眺めていると、福岡堰から上流側の数キロの区間に旧河道らしい場所がいくつかあることがわかりました。 水田地帯でもあるようです。 このあたりを散歩するにはどうしたらいいかと思った…

水の神様を訪ねる 54 福岡堰と伊奈神社

福岡堰に立ってしばらく風景を眺めました。 ここから下流は1.5kmほど、小貝川は分流堤で本流と用水路の二つの流れになり、あの水門(みずもん)でさらに二つの用水路になって水田を潤していくようです。 どうやってこの場所が堰としてふさわしい地形だとわか…

水のあれこれ 207 福岡堰と遊歩道

福岡堰を訪ねる計画はだいぶ前から散歩の計画ノートにあって、おおよそのルートまで書き込まれていました。 躊躇していたのは、航空写真を見ても最寄りのバス停からかなり人気のない水田地帯を歩く可能性でした。 江戸時代だったらいや現代でも、女性が一人…

散歩をする 360 小貝川と鬼怒川を歩く

壮大なタイトルですが、これが可能なのが水海道(みつかいどう)のあたりです。 ちょうど3年前に通過した時にはすでに夕闇の中でしたから、いつか歩いてみようと計画がいくつかありました。 6年半前、初めて「線状降雨帯」を知り、一晩中天気図とニュースで…

水のあれこれ 206 大雪とは何か

1月6日に都内にも「大雪警報」が出されて、プールの外に出たら別世界になっていました。帰りの車窓の風景も、今まで沿線を散歩して見慣れているはずの風景が一変しています。 水墨画のように色がなくなり、ランドマークになるような建物も見失いそうでした。…

数字のあれこれ 75 昔取った杵柄

1月6日は寒く、天気予報では「にわか雪」と伝えていました。にわか雨ならぬにわか雪という言葉を初めて耳にしました。 たしかに家を出るころには小雪がちらほらと舞っていて、予測の正確さに驚きました。 さて、この日は都内のとあるプールに向かいました。 …

水のあれこれ 205 綾瀬川の水源

綾瀬川のそばを歩き始めたのは2017年で、堀切菖蒲園を訪ねた時だったと思い返しています。 玉川上水から都内の河川や水路に関心が出て、あちこちを歩き始めました。綾瀬駅の近くを流れ、東京拘置所のそばを流れて荒川に合流、その河口には運河や葛西臨海公園…

水の神様を訪ねる 53 伊奈町から上尾まで氷川神社を訪ねる

散歩の記録が2ヶ月遅れになっていますが、昨年9月下旬に見沼溜井の北端だったあたりを歩き、その伊奈町の周辺にある他の氷川神社を11月上旬に訪ねました。 ニューシャトル羽貫駅で下車し、水田地帯の真ん中にある川沿いを歩いてから、伊奈中央駅まで歩いてみ…

散歩をする 359 JR釜石線に乗って釜石駅から新花巻駅まで

一日目に釜石市の中心を流れる甲子(かつし)川の水の美しさにほっとしました。 東日本大震災後では釜石市も甚大な被害を受けて、ニュースではしばしば映像を目にしました。 釜石市の「被害状況及び取り組み状況について」(2012年8月)には、車窓から見た真…

記録のあれこれ 112 田老駅と新田老駅

いつか三陸鉄道に乗ってリアス海岸を見たいと思った理由の一つに、田老の防潮堤がありました。 2011年3月11日、本棚を押さえながら田老の堤防のことも思い出していたのは、東日本大震災以前に吉村昭氏の「三陸海岸大津波」を読んでいたからでした。 いつ頃こ…

散歩をする 358 久慈駅から三陸鉄道で釜石へ

久慈川沿いにもう少し歩いてみたいな、漁港のそばを歩いてみたいな、どの辺りであのほたてが採れて、どんな暮らしがあるのか歩いてみたいなと後ろ髪を引かれながら、三陸鉄道に乗りました。 最近、もう一度1980年代に2ヶ月ぐらいかけてタイをまわったように…

生活のあれこれ 5 さまざまな生活史

久慈川沿いの飲食店が続く細長い路地を歩いている時のメモに、カトリックの小さな教会があったことを書き留めていました。 帰宅してMacの地図を最大限に拡大してみましたが、載っていません。 検索したら、カトリック仙台教区の久慈教会だとわかりました。福…

もし、あの頃、こうしていれば 4 時代と状況を見誤らずにいたら

久慈川のそばの遊歩道に満ち足りた思いで、駅に向かいました。 ゆったりと拡幅された国道は「銀座通り」で、街の中心でもあるようです。駅まではもう一本川よりの細い路地を歩いてみました。 飲食店が続いている道で、朝まだ10時ごろだったのでどれくらいの…

水のあれこれ 204 もう一つの久慈川

八戸線から久慈駅に到着したのが9時2分で、三陸鉄道の乗り継ぎに1時間半あります。 散歩の計画を立てるときに、久慈市のどの辺りを歩こうかと地図を眺めました。 久慈駅は2本の川が合流する場所の近くにあります。 まずはその川合の先端を目指そうかと思った…

行間を読む 134 さまざまな「行間」の視点がある

中学生や高校生の頃は歴史が苦手でした。 嫌いなのではなく授業はそれなりに面白かったのですが、歴史を暗記することがとても苦手でした。 自分の記憶力が優秀でないから苦手なのだろうと、サクサクと歴史を暗記できる人はすごいと思っていました。 年号を暗…

境界線のあれこれ 103 三陸海岸

本八戸駅から久慈駅までの八戸線は、陸中中野駅で内陸部に入るまでトンネルもほとんどなく、ずっと海岸線を走っていました。 ところどころ八戸線に並行して海側に道路があって、地元の車が通過しています。 地図の通り、この区間は海岸線の凹凸が少ない区間…

米のあれこれ 30 廻米

Wikipediaの八戸港の歴史を読んでいたら、初めて見る言葉がありました。 「廻米」です。 検索するのにも漢字は一発で転換できず、「廻船」の「廻」と「米」で入力しながら、もしかして米をどこかに船で運ぶとか、「年貢米」に近い言葉かもしれないと想像しま…

医療介入とは 108 子宮の中に残さず、妊娠を終了させる

私の手元には30数年前の助産婦学校時代の教科書(当時は助産婦が正式名称)と、サブテキストとして使用していた「最新産科学ー正常編ー」「最新産科学ー異常編ー」だけはとってあります。 当時は本当に最新の知識だったのですが、いま読み返すとむしろ子宮内…

正しさより正確性を 27 それはいつの時代のどういう背景だったか

「掻爬法」という専門用語がかまびすしく聞こえてくる最近ですが、それに対するイメージというのは一様ではないのだろうと、最近の動きを見ています。 「"戦後まもなくから変わらない"日本の中絶」(NHK NEWS WEB、2021年10月14)という特集が時々出てくるの…

行間を読む 133 八戸港の歴史

八戸と聞くと、小学生の頃から工業地帯を連想しています。 1960年代ごろから岡山の児島湾にできた水島臨海工業地帯など全国に工業地帯ができ始めたことが、当時の小学生にとっては先進国入りの象徴のように社会科の授業で学んだからだと思い返しています。 …

散歩をする 357 八戸線で久慈へ

本八戸駅を7時25分発の久慈行きに乗る予定でしたが、馬淵大堰のすぐそばまで行けなかったので早く駅に着きました。 これなら1本前の鮫行きに乗ることができそうです。 地図で八戸線の線路を追っていた時に、目に入ったのが「鮫駅」でした。どんなところか歩…

鵺(ぬえ)のような 10 急に何かが動く瞬間がある

「飲む中絶薬」がまたニュースになっていて、産科診療所に勤務していると胃が痛くなるような内容だろうと思いつつ、NHK NEWS WEBの「『経口中絶薬』の使用 承認申請 国内初:手術を伴わない選択肢」(2021年12月22日)を読み、そのTwitterでの反応を読みまし…

トイレについてのあれこれ 12 公共トイレ内の注意書き

馬淵大堰から本八戸駅に戻って、八戸線に乗る前にトイレに行きました。 改札内にトイレはなく、外に公共トイレとして設置してあるようです。駅構内のトイレはきれいでも外のトイレは雑に使われていることがあるので、おそるおそる入るととてもきれいでした。…

こんな地図があるといいな 8 遊歩道がわかる

馬淵川の堤防に上って朝日に輝く水面と馬淵大堰を眺めるという朝一番の計画を断念し、堤防の上を散歩している人をうらやましそうに見上げるだけで引き返すことになりました。 地図を見直すと、確かに馬淵川緑地公園とまぶち公園の間には引き込み線が描かれて…

水のあれこれ 203 馬淵大堰

最近、散歩の記録が2ヶ月遅れになっているのですが、ようやく10月下旬のただひたすら川と海を見に岩手県と青森県を散歩した3日目の記録になりました。 また真っ暗でカシオペア座が真上に見えている早朝から窓の外を眺めていると、4時5分ごろに歩いて出勤する…

生活のあれこれ 4 青森の天気予報

温かくて美味しかったはっと汁のおかげで元気になり、「もう歩けないかもしれない」と思うほど疲れていたのに再び元気になり、あと1kmを歩きホテルへと向かいました。 八戸城跡のそばに残る古い門や、昔のお城を中心にした街であったことがわかる説明書きが…

食べるということ 79 南部煎餅

八戸のはっと汁に入っていたのは南部煎餅の一種だったのですが、そういえば私は子どもの頃から南部煎餅を知っていたのは何故だろうと記憶をたどっています。 1960年代、両親のどちらが南部煎餅を好きだったのかわからないのですが、売っているのを見つけると…

食べるということ 78 八戸のはっと汁

散歩の2日目の馬淵川沿いを歩く計画はだいぶあきらめたまま八戸駅方面へとバスで向かい、繁華街のあたりで下車しました。 薄暗くなりましたが、まだ5時前です。 どこかで温かいものを食べてからホテルへ向かうことにしました。 疲れすぎると食欲がなくなり、…