2016-07-01から1ヶ月間の記事一覧

記憶についてのあれこれ 102 <耳が聞こえにくくなるということ>

医療関係のニュースを配信しているm3.comに、「新型人工中耳の保険運用了承」という記事がありました。 新型人工中耳の保険運用了承 中医協、伝音難聴と観音難聴含む混合難聴に使用 化学工業日報、2016年7月29日(金)配信 厚生労働省の中央社会保険中央協議…

水のあれこれ 43 <「人は目印がなければまっすぐ泳げない」>

今日のタイトル、自明のことのようで「いや、練習を積めば可能なのではないか」という思いで揺れそうです。 チャレンジドの連載記事の第三回「まっすぐ泳げない」で、野口智博氏が実験をされたことが書かれています。 最初に木村敬一選手の泳ぎを見た時に感…

助産師の世界と妄想 22 <どのような医療を想定しているのか>

全国助産師教育協議会のニュースレターを読んで、これを書いている方はどのような周産期医療を思い描いているのだろうと思いました。 「助産師教育の将来ビジョンに役割拡大を」の中で、ICM(国際助産師連盟)の「必須能力」が書かれています。 ICMの必須能…

「助産師教育ニュースレター」のまとめ

私が助産師学生だった1980年代終わりごろは、1990年に神戸で開催される第22回ICM(国際助産師連盟)大会を目前にしていて、この業界ではどことなく昂揚感があったことを学生ながら感じていました。 「助産婦の挑戦」(シーラ・キッチンガー著、1990年、日本…

助産師教育ニュースレター 7 <ああ、びっくり!>

久しぶりに助産師教育ニュースレターを思い出し、最近はどんな内容なのだろうと見に行ってみました。 以前に比べて発行回数が減っているようですし、今年はまだ未発行なのでしょうか。 さて、ニュースレターNo.84(2015年1月25日)の巻頭の内容に、ああ助産…

アドバンス助産師とは 12 <「助産師個人認証制度」?>

前回の記事でアドバンス助産師認証制度の制度概要を紹介したのですが、そのサイトが「助産師個人認証制度」という初めて聞く名称になっていて、また驚きました。 アドバンス助産師の「正式名称」は、「助産実践能力習熟段階(クリニカルラダー/CLoCMiP)レベ…

鶏が先か卵が先か 2 <民間資格より先に、ケアの標準化を>

日々、食事も休憩もとれないほどですが、粛々と産科ガイドラインに沿った業務内容の分娩施設で働いているので、アドバンス助産師誕生!というニュースもまったく無縁に感じています。 どこが「無縁」と感じるかは、日本助産評価機構という団体の助産師個人認…

記憶についてのあれこれ 101 <爪の間にあるものは何か>

1年ぐらい前だったでしょうか。 半身麻痺の父の動く方の手の爪の間に、黒く汚れがあるのを見つけたのは。 「あっ」と理解しました。 しばらくして、父の動く手はベット柵に固定されるようになりました。 スタッフの方が申し訳なさそうに、「どうしてもいじっ…

ピーマン

ピーマンは子どもの苦手な野菜の筆頭にあげられることが多いのですが、私はピーマンが大好きでした。 子どもの頃はまだ青椒肉絲はなくて、ガス火で焼いて醤油をつけただけとか、油で炒めて塩こしょうといったシンプルな料理でしたが、夏休みの記憶とともに思…

食べるということ 13 <食べてすぐ寝て牛になりたい>

こちらの記事の「お昼ご飯」に書いたように、東南アジアで働いていた時にはお昼ご飯が終わると30分ぐらい昼寝をしていました。 一緒にお昼ご飯を食べたあと、「さあ、寝よう」とベンチを寄せてベッドを作り始めた現地スタッフに、最初の日はとてもびっくりし…

思い込みと妄想 30 <コールドミールからあっちの世界へ>

ドイツのように夕食は火を使わずにハムやチーズですませることをコールドミールと呼ぶことは、犬養道子さんの本で知った記憶があります。 コールドミールで検索すると、やはり手軽に夕食を済ませる、あるいは昼食に手をかけた食事をゆっくりととることにカル…

食べるということ 12 <夜は軽く、家で料理をしない>

以前、犬養道子さんの「ラインの河辺ードイツ便り」を紹介しました。 この本を初めて読んだ1980年代初めの頃、もうひとつ印象に残っているのが、ドイツあるいは北欧の国々では夕食がチーズとハム類だけの簡単な夕食が多いということでした。 これなら、仕事…

食べるということ 11 <体によい食べ方>

「体によい食べ方」というと、「朝ご飯をしっかり食べる」「3食きちんと食べる」とか「バランス良く食べる」といった話が多いのですが、今私が一番欲しいのは「ゆっくり食べる時間」です。 食べる時間そのものは短くても構わないのですが、あれこれと気持ち…

食べるということ 10 <食べるために必要な時間>

日本ではなんであんなに気ぜわしい毎日なのだろうと、同じ時間でも違う過ごし方があることに驚いたのが20代の頃でした。 朝起きて出勤して、そして夕方になり帰宅して眠るまでの時間。 同じ一日のはずなのに。 それ以来、その理由はなんだろうと考えているの…

「食べるということ」まとめ

人が水の中から出て初めて啼いて呼吸を始める時から、私の仕事は「初めて○○をする」ことを見守っている仕事だなあと思うこのごろです。 初めて熱を計られたり、服を着せてもらったり、あるいはうんちをした時とか、すべての行動が「初めて」なのですものね。…

記憶についてのあれこれ 100 <クリーム>

前回の記事の続きで、皮膚に塗るクリームについてです。 クリームというと思い出す匂いが二つあります。 一つはニベアクリーム。 たぶん、これが日本でボデイクリームが一般的に使われるきっかけになった製品ではないかと思います。 でも今のように、おしげ…

境界線のあれこれ 69 <保湿するかしないか>

ドラッグストアーに行くと色とりどりの容器に入ったボデイクリームが売られていて、見ているだけでも楽しくなります。 といっても、私自身はこういうボデイクリームとはほとんど無縁の生活でした。 つい最近までは顔と手と踵ぐらいしか、「皮膚に塗る」もの…

夕方からの豊かな時間の過ごし方

日頃音楽をほとんど聴かなくなったのですが、アイリッシュ・ダンスを観に行ったあとはしばらくNightnoiseやケルト音楽を流しっぱなしにしています。 先日のトリニティ・アイリッシュ・ダンスの楽しい時間に、ふと、「あ、この場でギネス片手に飲みながら観れ…

トリニティ・アイリッシュ・ダンス

待ちに待った、トリニティ・アイリッシュ・ダンスの2年ぶりの日本公演に行きました。 今もまだ、タップの音やケルト音楽が何度も静かに波のように耳に蘇ってきます。 満員の会場は開幕と同時に息をのんで舞台に引き込まれていましたが、じきにダンスに合わせ…

もう何がなんだか

選挙公報を前に、ため息の毎日。 1票を無駄にしてはいけないという思いと、この1票がどういう結果になるのか見えない怖さがあります。 選挙ってなんだろう、選挙って必要なのだろうか。 小学生ぐらいに戻った疑問に悶々としています。 現実の問題にどのよう…

気持ちの問題 28 <人とは違う産み方をしたい>

なんだかうさぎ林檎さんに呼ばれたような気がするので、ロータスバースの続きです。 6月に「へその緒と胎盤を切らずに放置すると・・・?『ロータスバース』出産方法が海外ブーム」という記事が流れていたので、一応コピーしてとっておいたのでした。 まあ、…

新生児のあれこれ 53 <「沐浴指導」の変遷>

「沐浴指導」、赤ちゃんをお風呂に入れる方法の説明は、今でも周産期看護や助産の保健指導の重要な一つの位置づけのようです。 「ようです」と書くのは、私自身はそこまで手取り足取り、しかもお母さんたちがかえって緊張するような方法を説明しなくてもいい…

沐浴のあれこれ 5 <新生児の不安>

「不安とは何か」考えていたら、人はいつごろから不安を感じるのかが気になり始めました。 私は、出生直後の新生児にも「不安」を表現する行動があると思っています。 たとえば、何を伝えようとしているのかに書いたように、激しく啼く新生児にも声をかける…

気持ちの問題 27 <不安が共鳴しあうと社会は思わぬ方向へ動く>

1980年代にまだ認知症が「ボケ老人」と言われていた頃、私は20代でしたが、祖父母や両親がもしボケたらどうなるかという不安はありました。 そんな頃に、「呆け老人をかかえる家族の会」(現、公益社団法人認知症の人と家族の会)の活動を耳にするようになり…

気持ちの問題 26 <不安とは何か>

医療職になって30数年になりますが、看護学生の頃から「不安」という言葉を毎日考えない日はない仕事です。 看護目標にも「不安の軽減を図る」と掲げられるのですが、「相手が不安に感じていることは何か」という根本的なことを知ることの難しさをますます感…

記憶についてのあれこれ 99 <不安>

年齢よりも10歳ぐらい若く見えて認知症以外は大病知らずだった父も、90に手が届く頃から脳梗塞をはじめいろいろと不調が出始めました。 ちょっとした傷から高熱を出したり、同じ病棟では疥癬の方もいなかったのに疥癬になったり、面会に行くたびに「今日は…

記憶についてのあれこれ 98 <富里>

スイカの番組は、千葉県富里のスイカ農家の方々が出演されていました。 録画してとっておいたものを観たすぐあとに、偶然にももう一度「富里」の地名がニュースになりました。 「スイカ食べながら走る催しで熱中症か 7人搬送1人重体」というタイトルを見ると…

スイカ

少し前に録画した相葉マナブで、スイカの収穫や変わった食べ方を放送していました。 スイカといえば、子どもの頃は夏の食べものでした。 祖父の田んぼの脇にスイカが植えられていて、収穫したスイカは農業用水の中で冷やされていました。 7月から8月だけのお…