気持ちの問題 26 <不安とは何か>

医療職になって30数年になりますが、看護学生の頃から「不安」という言葉を毎日考えない日はない仕事です。
看護目標にも「不安の軽減を図る」と掲げられるのですが、「相手が不安に感じていることは何か」という根本的なことを知ることの難しさをますます感じています。


というより、そもそも「不安」っていう感情はなんだろうと。


自分自身の中にある不安を言葉で表現することも難しいですし、相手の不安を受け止めるということはさらに難しいものだと思います。



認知症と不安>


1980年代はまだ、認知症ではなくて「ボケ老人」とか「痴ほう症」と呼ばれていました。


認知症でなくても高齢者が入院すると、一晩でまるで人格が変わったかのように歩き回ったり、攻撃的な態度になったりして、病棟では身体拘束や鎮静剤や睡眠剤で抑えることしか対応方法がなかったのでした。
ただ、そういう方々も「家に帰ると元に戻る」ことは知られていました。


今、考えると、当時は国民皆保険制度が始まって20年ほどの時期で、あの頃に入院してきた高齢者は、もしかしたら日本で初めて老年期に入院をするようになった世代だったとも言えるかもしれません。
それまでは自宅で医療とは無関係に亡くなっていった人が多かったのでしょうから、入院治療という社会があまり体験したことのない環境の激変に、私たちの想像を越える不安があったのではないかと思います。



80年代から90年代にかけて、こうした高齢者の環境の変化による独特の行動や、それまで「ボケ老人」と差別的な表現で呼ばれていた高齢者の行動についての研究が一気に進んだ時代でした。


認知症」と呼ばれるようになり、物とられ妄想や徘徊、暴力行為や人格変化といった周辺症状もその根底に「不安」があることが常識になりました。


認知症の方の「不安」についてわかりやすい説明が、松田脳神経外科クリニックの「認知症患者の『不安』について考える」に書かれています。

不安の中を生き抜いている認知症


自分が認知症になったと想像してみると、彼らが常時不安定感にさいなまれているという事はたやすく想像できます。昨日ここに置いた物が何故なくなっているのか、この棚に入れたものが何故すぐに消えてなくなるのか、初めて話した事なのに何故何度も聞いたと言われるのか、単純な事を質問されているのに何故答えられないのか、約束どおりの場所に来たのに何故誰も来ていないのか、家に向かって歩いているのに何故知らない場所にいるのか、知らない人が何故家の中にいて私に馴れ馴れしく話しかけてくるのか・・・、きりがないほどの不安の中を生きているのだと想像できます。


父を見ていても「同じ事を話ているのでは」という不安があるようで、「前にも言ったかもしれないが」とおそるおそる話し始めることがあります。
そんな時、「へえ!」とまるで初めて聞いたように受け止めると、ホッとした表情になります。


あるいは、まだ自宅で暮らしていた頃、一日に何度も散歩に出ていた時に、道すがら電柱や石垣を手で触っていたのも戻る道を忘れる不安だったのだろうと推測しています。


そし一て度だけ行方不明になった父を、地域の消防や警察の方を動員して捜索していただいたあの日は、父の弟の訃報が父の行動に影響したのではないかと思っています。


<不安にさせないことの難しさ>


「認知症の方が心穏やかに過ごせる介護を」も、わかりやすい説明が書かれています。
こうした基本的なことを知っているだけでも、初めて認知症の方と接する時に「接する側の不安」の軽減になることでしょう。


ただ実際に世話をするとなると、「認知症患者の『不安』について考える」の「言うは易し行うは難し」に書いてある通りかと思います。

「介護者は認知症患者の形成している独特な世界を理解して暖かく接するべし」とよく言われます。毎日認知症の方と生活している家族にとって、わかっていたもそれは簡単な事ではありません。叱責する、荒い言葉で注意する、急がせる、焦らせるなどの行為が認知症を悪化させることははっきりしているのについついというのが人情というものでしょう。


自宅にいた頃は日に何度も外へ出ていた父が、グループホームに移ってからは「散歩に行く」と言わなくなりました。あれは母の苛立ちから、逃れたかったのだろうと思います。
でも母には母の大きな不安があり、それを責めることはできません。


また、日々介護を仕事として認知症の人に優しく対応している方でも、つい「この人は誰ですか?」「○○を覚えていますか?」と記憶を試すような言葉をかけることがあります。
そんな時に、相手の表情が少し固くなることを見逃さないでいられるかどうか。


いえ、本当に不安への対応は、「言うは易し行うは難し」ですね。





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