世界はひろいな 19 <アボカド>

今回も野菜と果物の境界はなんだろうという夏休みのやり残した自由研究のような話です。


野菜でもあり果物でありと思い出したココナッツジャックフルーツのこと、あるいはシシトウ野菜か香辛料かということを書きました。


今回は、アボカドです。


私が初めてアボカドを食べたのは、1980年代半ばに東南アジアで生活した時のことだったと思います。
おそらく日本でも耳にしてはいたけれど、食べた事はなかったのだと思います。


それは「アボカドを初めて見た」という驚きで記憶されているのではなく、「こんな食べ方があるのか」と印象に残っているからです。


当時、日本で紹介されていたアボカドの料理方法は、副菜につかう野菜の一種としてだったのではないかと思います。
私がその国で食べたのは、デザートとしてのアボカドでした。
柔らかめのアボカドの果実をスプーンでつぶして、コンデンスミルクを混ぜ合わせて凍らすか冷やして食べるのです。


少し青臭いにおいのアボカドとコンデンスミルクの組み合わせにおそるおそる口にしてみたところ、アイスクリームのような味わいでおいしかったのです。
その地域では、アボカドの食べ方はその方法ぐらいのようでした。


アボカド自体は甘くないのに、デザートになるところがたしかに「果実」ですね。


ネット上でもアボカドを使った料理がたくさん紹介されているのですが、このコンデンスミルクを混ぜるという簡単なレシピはなさそうです。
でもけっこうおいしいですよ。
皆様もお試しあれ。


<アボカドの歴史>



ところで私は今までずっと「アボガド」だと思っていました。その地域の人もそう呼んでいたように耳で記憶していたからです。
wikipediaを読んで、なるほどとわかりました。

日本語では、英語名の綴りから「アボカド」と表記するのが正しいとされるが、「アボガド」とよばれることもある。

また昭和40年代までは、果実の表皮がワニの肌に似ていることに由来する英語での別称allegetor pearを直訳して「ワニナシ」とも読んでいた。

へえー、へえー。
allegetor pear、「ワニナシ」は初めて聞きました。
たしかに、ワニの肌のようですね。


昭和40年代、1970年代には日本でもすでにアボカドが出回っていたということなのですね。
私の記憶では1970年代終わりごろか1980年代に入ってという感じだったのですが。


果物ナビというサイトでは、「日本に入って来たのは100年ほど前のことです」と書かれています。
「年別輸入量」のグラフがあって、残念ながら1996年以降しかありませんが、それでもここ20年ほどですごい勢いで輸入量が伸びている事がわかります。


野菜果物辞典というサイトでは、出典は不明ですが以下のような話が書かれています。

大正4年にアメリカ農務省より静岡県清水市興津の農林水産省園芸試験場にアボカドの樹が植えられたが寒波で枯死したという記録があります。
和歌山県では、昭和12〜13年に、新宮市の土井秀作・種吉兄弟がカリフォルニア州より導入したのが最初であります。その子孫のフェルチ種の大木が新宮市に現存しており、毎年すばらしい果実を生産し続けています。

日本でも栽培を試行錯誤していた方々がいらっしゃるのですね。
大正から昭和の初めの人たちは、アボカドがこれほど日本の食生活に広まるとは思わなかったことでしょう。


当時、日本で初めてアボカドを見た人たちはどんな食べ方をしていたのか気になりますね。
わさびと醤油でしょうか。


ちなみに私は、アボカド、キュウリ、トマトをサイコロのように切って、フレンチドレッシングで合えたものが一番好きです。メキシコ料理っぽいのですが、どこでこの食べ方を知ったのか記憶に残っていません。


そういえば、アボカドの種に爪楊枝をさしてコップの水につけることで発芽させ栽培する方法がはやったような記憶がありますが、あれはいつ頃だったのでしょう。
ええ、私も何度も試しましたとも。
でもポトスさえ枯らす私ですから、やはり芽はでませんでした。




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