カカオ

テレビ東京の深夜に放送していた「さぼリーマン甘太郎」は、甘いスーツを食べる時の甘太郎(かんたろう)の妄想が広がって行く様子がシュールで、でも最近の現実世界のほうがどこまでが妄想でどこまでが現実なのかわからないようなことが多すぎるので、むしろそのシュールさを楽しめました。


といっても、ご存知の無い方にはわからないですね。
もうすでに、Wikipediaまでできているようです。


その第11話「チョコレート」に、「カカオパルプジュース」を飲んでいるシーンがあって、へー、カカオにそんな使い方があるのかと驚きました。
どんな味なのだろうと、一緒に妄想の世界に引き込まれたのでした。


1990年代に行き来していた東南アジアのある地域で、カカオが実っているのを初めて見ました。
Wikipediaの写真にあるように、木の幹から直接、実がつきます。
ジャックフルーツもそうですが、日本ではまずこういう幹に直接実がなる植物を私はみたことがないので、熱帯という気候がなにか関係しているのでしょうか。


「これがチョコレートの原料なのか」とチョコレートが大好きな私は、現地でできたてのチョコレートを食べられるかもしれないとわくわくしたのですが、残念ながらこんもりと木が繁った庭にその1本しかありませんでした。
その地域をあちこち訪れたのですが、カカオの実を見たのはその1回だけだったので、たまたま植えられていたのだろうと思っていました。


カカオ豆の栽培というのは、バナナ綿のように広大なプランテーションをイメージしていましたが、Wikipediaの「生産」では「バナナやコーヒーといったほかの熱帯性植物とは違い、大規模プランテーションでの生産が一般的ではないことが挙げられる」とあり、その理由に「カカオの木は陰樹であり、大きくなるまでは他の木の陰で生育させる必要がある」と書かれています。


もしかしたら実がなっていないと私にはカカオの木か区別できなかっただけで、その地域の少数民族の人たちが庭でコーヒーの木を栽培していたのと同じように、家庭用にカカオを植えていたかもしれません。
森と畑の区別がつきにくいような農地があちこちにありましたから。


その庭でカカオの木を見た記憶では、少し茶色く熟し始めた数個のカカオポッドがなっていたように思います。
その中の種に当たる部分がチョコレートの原料になるカカオ豆で、しばらく発酵させてから加工することを教えてもらいました。


目の前の数個のカカオポッドから、どれだけの長い時間と工程をかけて、どれだけわずかなチョコレートになるのだろうと、気が遠くなったのでした。
それまでむむしゃむしゃとチョコレートを食べていたのは、なんと贅沢なことだったのかと。


そしてその時は、カカオ豆の周囲のパルプと呼ばれる果肉については話をきかなかったので、カカオ豆以外は捨てるのだと思っていたのですが、冒頭の番組で初めてカカオパルブも食用になることを知ったのでした。


カカオの学名は、ギリシア語で「神(theos)の食べ物(broma)」というのですね。
カカオをみて神は良しとされた時から、どれだけ長い時間をかけ、どうやってあの中に神の食べ物を見つけだしたのだろうと、人とカカオの歴史を妄想したのでした。