医療介入とは 101 <なぜヒトは臍帯切断が必要か、そしてそのために道具が必要か>

私が30年ほど前に助産師になってから、ずっと答えが見つからないままになっている疑問があります。
「竹、石などを鋭利にしたものがない時代や鋏がない時代には、臍の緒はどうやって処理していたのだろう」と。
今でも臍帯切断は緊張感が蘇るのですが、それとともに無意識のうちに思い出している疑問です。


ヒトの出産には日常的に立ち会っているのでその状況はわかるのですが、案外、知らないのが動物の出産です。
母胎から出て来た仔がヨロヨロと立ち上がった時には、臍の緒らしきものが少しぶら下がったままになっている。
それが動物の出産風景のイメージですが、あの臍帯はどうやって切れるのか、それとも誰かが切ることもあるのでしょうか。


牛や豚の出産の臍帯の処置について検索しても、案外と、その知りたい部分が書かれていません。
きっとその分野の方々には当たり前すぎる風景で、書く必要がないのでしょうか。
根室自治体から畜産業者の方に向けて出されたらしい「助産(分娩介助)」の中には、「臍帯の消毒」として以下のまとめがありました。

・清潔な環境で分娩させる
・分娩直後に臍帯の消毒
・2%ポピドンヨード、0.5%クロルヘキシジンによるデイッピング(スプレー)
・出生後24時間は6〜8時間ごとに消毒をする
・臍帯の乾燥する状態にするためには敷き藁を十分に敷き、毎日交換する
・換気を良くする

ただ、「自然と切れる」のかそれとも「人間が切るのか」、その辺りはわかりませんでした。



岡山県酪農協会の「復刻版 岡山畜産便り 昭和28年4月 乳牛のお産と搾乳(三)」が公開されていて「八. 分娩後の処置」にこう書かれているのを見つけました。

 仔牛は産まれると直ぐ呼吸を始める。やがて母牛は立ち上がる。臍帯は大概この時自然に切断される。もし切れない時は34寸臍の緒を残して鋏で切断する。自然に切れた時も切った時も、臍に沃チンか赤チンを塗布しておけばよろしい。昔は臍の緒を結括して切断して居ったが、くくるといつまでもじめじめしてなかなか乾燥せず、かえって悪い結果になることが多い。

なるほど、母牛が立ち上がると自然とちぎれることが多いのですね。
そして、時には人の手も必要なようです。


家畜ではなく、野生の哺乳類の動物たちの臍帯切断はどうなっているのでしょう。
興味が尽きないのですが、案外とそういう知識に近づく機会がありません。



<ヒトはいつから、臍帯切除をするようになったのか>


ヒトはいつ頃から臍帯切断をするようになったのでしょうか。
まだ「道具」を持たないような時代には、児が生まれてからも直ぐに臍帯を結紮したり切断することはなくて、数分後とかあるいは時に1時間とか数時間かけて胎盤が出るのを待っていたのかもしれません。
しばらく、新生児と臍帯と胎盤が繋がったままで。
早い場合には2〜3日で臍の緒が取れることもありますが、長いと10日以上かかりますから、その間に胎盤が腐敗して来たり、新生児の元気が無くなって場合によっては亡くなることもあったことでしょう。
何が理由かわからないけれど、「胎盤を切り離した方が良いのではないか」という経験則を得たのはいつ頃だったのでしょう。


そしてただその辺りにあるもので切り離してもダメで、より清潔な方法が必要ということに気がつくのには、どんな経験があったのでしょうか。
今となっては、言葉で記録が残っていない時代の事実を知ることは不可能に近いのかもしれません。


「日本医史学雑誌 第46巻第2号(2000)」に掲載された「女性の病の社会史」(野末悦子氏)の中に、「日本医学史」(富士川游氏)の臍帯の取り扱いの歴史がわかる箇所が引用されていました。
例えば「神代」では「臍帯切断には竹刀を用いた。これは今も宮中や宮家に儀式として残っている」、「平安朝」では「臍帯の切断は銅刀を用い、(中略)子供が弱い時には臍帯切断を行わず、浴湯に入れ、後に切斷、薬液湯を用いた」とあります。
平安時代では、臍帯切断をするが状況によっては胎盤をつけたままにした方がよいという考え方もあったことが伺えます。
また、「銅刀」は貴族などが使っていたのでしょうか、「臍帯切断は、継ぐとされ、小刀、咬断、焼断」という箇所も引用されているように、一般的には噛み切ったり焼いたりしていたのかもしれません。


鎌倉時代に出された「万安方」では「断臍、臍帯の保護」について書かれた箇所があるようです。
この辺りの時代で、「出生後に臍帯を切断する」ことが日本では一般的、言い換えれば普遍的なことになったのでしょうか。



人はいつ頃から、なぜ新生児と胎盤を切り離した方がよいことに気づいたのでしょうか。
そしてそれに適した清潔な道具が必要だということに気づいたのは、どのような観察や経験に基づくものだったのでしょうか。


そういう歴史、人間の失敗話を掘り起こすことが容易ではないから、いい加減な思いつきの話が広がってしまうのかもしれませんね。




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