医療介入とは 71 <臍帯を切るタイミングの自然と不自然>

赤ちゃんがお母さんの体から生まれ出たら、すぐに体についた羊水や血液を拭き取りながら、しっかり自力で呼吸しているか確認します。


この呼吸開始を確認しつつ、コッヘルという器具で臍帯をはさみます。
これで、臍帯内の血流が停止されます。
そのあと臍帯クリップを止め、間を臍帯剪刀(せんとう)という特殊なはさみで臍帯を切断します。


ずっとこのへその緒を通してこの赤ちゃんが育てられてきたのだという、畏敬のような気持ちがいつもあって、「赤ちゃんを育ててくれたへその緒を切りますね」と誰に言うともなく声に出てしまいます。


この臍帯あるいは胎盤に対して特別な感情を持ったり、儀式的な扱い方をうみだしやすいのはよくわかるような気がします。


<「臍帯拍動が止まってから」に意味を持たせる>


上記のように早期切断の方法であれば、児が出生してから早ければ十秒程度ですでにコッヘルで臍帯内の血流を遮断させることになります。


「自然なお産」の流れの中では、「臍帯拍動が止まるまで待つ」ことをより自然なこととして尊重されるようです。


たとえば助産所で出産した経験をつづったブログでは以下のようなことが書かれています。

○○(赤ちゃんの名前)がおおなかの上に乗っている間、私も夫も、そして助産師さんも何度もへその緒を触った。・・・というのも、へその緒を切るのは、へその緒の拍動が止まってから、というのが私が出産した助産院のやり方だったから。
この拍動が止まるまでの時間は赤ちゃんによって異なるのだそう。あっという間の子もいれば数時間続く子も。「すでに個性があるってこと」と助産師さん。

また、この「臍帯拍動が止まるまで待つ」ことが書かれている助産所のHPなどが多く見受けられます。いくつか紹介します。

生まれてすぐにママのお腹の上にうつぶせておっぱいまで這い上がって吸うのを待ちますので、へその緒を切るのはそのあとになります。
分娩台と違って、赤ちゃんは常にお母さんの子宮の上にいきますので、強制的に血液が赤ちゃんに送られることはありません。
胎盤の方から拍動は薄れていって、赤ちゃんのお腹に最後の血液が入るのを確認することができます

産後、へその緒をすぐに切断せずに、拍動が停止するのを待ちます。臍帯は赤ちゃんにとって命綱です。自分のペースで呼吸を始めるのをへその緒が見守ります。臍帯拍動が完全に止まるまでにかかる時間は短い場合は15分、長い場合は3時間半とさまざまです。
臍帯血には造血幹細胞といって、すべての細胞の基になる細胞が含まれています。自然な成り行きを見守っていると、その臍帯血は、全部赤ちゃん側へ送り込まれていくのがわかります。胎盤はほとんどの場合、臍帯拍動が止まる前に娩出されます。

とてももっともらしいことが書かれているようで、「やっぱりすぐにへその緒を切らないほうがよいのでは」と思うかもしれません。


<臍帯拍動はいつ頃停止するのか>


実は、私自身はこの「臍帯拍動を確認して、停止するまで待つ」ことを一度も経験したことがありません。
出生直後の児の臍帯を触って「拍動を確認する」ことさえ、したことがありません。
冒頭のように、出生後すぐに切断する方法のみ実践してきたからです。


私が学んだ教科書にも拍動停止がどれくらいで起こるのか書かれていませんでしたし、それを確認する意味はないという認識です。


でも、どれくらいで臍帯拍動は停止するのでしょうか?
本当に数時間も続くことがあり得るのでしょうか?


「WHOの59カ条 お産のケア 実践ガイド」(戸田律子訳、農文協、1997年)には以下のように書かれた部分があります。

赤ちゃんが生まれて、ふつう3〜4分ぐらいして、臍帯の拍動が止まるまで待って臍帯をとめること、つまりへその緒を遅くとめるように教わり、実際にそうしているところで、何か不利な影響があったとの記録はありません。

つまり、「臍帯拍動を待って切断した」研究の中では、3〜4分程度で拍動が停止しているということだと思います。


<臍帯拍動とは何か>


子宮内では、胎児内の血液は体外に出て臍帯と胎盤の間を行き来します。
ですから、胎児の心拍数に同調して臍帯内にも拍動が起きます。
妊娠中に胎児心拍数をドップラーで聴取する際に、胎児の心拍と同じ速さなのに違う音が聞こえます。
それが、臍帯内の拍動音です。


出生とともに、新生児の臍帯の付着部内の臍動脈(それまで胎児の静脈血を胎児から臍帯・胎盤へ送り出していた血管)の断端部が閉ざされます。
そのしくみについて「へその緒のはなし」という産婦人科の先生のブログの中に参考になる箇所がありましたので、紹介します。
ttp://ameblo.jp/drhasejunn/entry-10515450090.html(hをはずしてあります)

「質問箱」(2010年4月23日)のコメント欄、No.35より

臍動脈が縮むのは羊水から出て温度が下がることによることが大きいようです。温度変化で、臍帯血管が縮み、流れが悪くなり、血栓が出来て流れがなくなると考えられています

温度変化によって臍帯血管が閉鎖することで、新生児の心臓の拍動によって血液が臍動脈を通じて体外へ出てしまわないような巧妙なしくみがあるわけです。


ですから、いつまでも新生児の心臓から拍出された血液が新生児の体外へ出てしまうことはあり得ないわけです。


もし子宮外に出てからいつまでも新生児の心臓へ臍帯と胎盤の血液が循環していたとしたら、室温で温度が下降した血液が体内へ戻されることになるわけで、新生児には大きな負担になることでしょう。


ですから、何時間も臍帯拍動があるはずはないと考えるのが常識といえるのではないかと思います。


<臍帯内の血液は赤ちゃんへ「送りこまれる」のか>


臍帯の血管の断端部が閉鎖するのは「機能的閉鎖」といって、収縮によって一旦縮んで閉じているだけです。


ですから、分娩台のように母体のほうが高い位置であると重力で胎盤や臍帯内に残った血液が新生児の体内へ押し込まれていきます。
あるいは、臍帯をしごいて臍帯血をあえて新生児側へいれる「胎盤血輸血」という方法も可能です。


反対に、いわゆる「カンガルーケア」のようにお母さんのお腹の上に載せた場合には、新生児の体内では臍動脈が閉まり臍帯自体も温度変化で血流をとめようとするでしょうから、たとえ赤ちゃんの体の方が胎盤の上に位置しても、新生児側から血液が逆流して「失血」することは少ないかもしれません。


それでも、もし「早期母子接触」を希望される場合には、臍帯を結紮(けっさつ)してから行うほうが良いと思います。


さて、こうやって考えていくと出産後何十分もへその緒を触って「臍帯拍動を感じました」というのは、本当に臍帯拍動だったのかな?という疑問が大きいです。
もし臍帯拍動があったとしたら、それは赤ちゃんの体内の血液が失血しているという可能性になるわけですから・・・。


<造血幹細胞と胎盤血輸血について>


1990年代から、日本でも臍帯血バンクが作られ、臍帯血を白血病の治療に使用する臍帯血移植が行われるようになりました。
これは胎児血には成人の血液にはない造血幹細胞が含まれていることを利用したものです。


ただし、冒頭で紹介した助産師の説明のような「すべての細胞」になるものではなく、血液系の細胞になるものです。
また子宮内でお母さんからへその緒を通して酸素・二酸化炭素のやりとりをしていた時の胎児型の血液は、出生直後から肺で呼吸するようになると、どんどんと破壊されて成人と同じような赤血球に変化していきます。


ですから出生時に「造血幹細胞が多く含まれた」臍帯血を赤ちゃんに多少多く移行させたとしても、それは何か細胞を作り出したり、ましてや白血病の治療などになるわけではありません。


ただし、出生直後に臍帯内の血液を積極的に新生児側へ入れることの有効性の研究も進んでいるようです。
胎盤血輸血という方法で、出生直後に胎盤側から新生児側へ臍帯内の血液をしごいて強制的に新生児の体内に入れる方法です。
「周産期医学必修知識 第7版」(『周産期医学』編集委員会編、東京医学社、2011)より、引用します。

 早産児では輸血回避および輸血回数の軽減を目的に1990年代から本格的な検討が始まり、現在では循環状態の早期安定化による頭蓋内出血の頻度の低下と幹細胞が豊富な血液が輸血されることから遅発型敗血症の頻度の低下が報告されており、神経学的後障害軽減の戦略として新生児蘇生の新たな方法として提唱されている。

一般的には臍帯の結紮時期により出生から30秒以内の結紮を早期結紮、30秒以降の結紮を遅延結紮と定義している。

Rakeらの検討では、4回の臍帯ミルキングと30秒遅延結紮がほぼ同等の効果があると報告している。

早産児に関しては、臍帯内の血液をしごいて(ミルキング)体内へ入れることで頭蓋内出血予防や感染症予防などの効果がある可能性があり、30秒待つよりは、4回ほどしごいて入れれば同等の血液が体内に入ることがわかっているようです。


ただし、正期産児に関しては「乳児期早期の鉄貯蔵状態を改善するが光線療法施行の頻度が増加する」と書かれています。


現在のところ、早産児の場合にはこの胎盤血輸血を新生児蘇生のひとつとして実施する方向にあるが、日本の場合、正期産児にはまだ勧められていないということのようです。


<まとめ>


正期産児(37週以降の児)について臍帯結紮を遅らせることによる効果は乳児期早期の鉄貯蔵を改善させることが明らかになっている。
(早産児への効果とは異なる)


正常分娩で出生した正期産児に対して貯蔵鉄を増やす目的で臍帯結紮を遅らせる場合、黄疸増強により光線療法のリスクが高くなる可能性があること。


リスクを理解した上で臍帯結紮を遅らせることを希望する場合には、出生後すぐに母体の腹部に載せると胎盤の方が低い位置になり「胎盤血輸血」は不十分であること。


児を母体(胎盤)より低い位置に起き、30秒以上結紮を遅らせるかミルキングを実施すればよい。
・・・といったところのようです。


「臍帯拍動停止を待つ」ことについての意味や実際の方法、効果については、研究されたものを見つけられませんでした。