引き続き「無痛分娩の基礎と臨床」(角倉弘行著、国立成育医療センター手術集中治療部産科麻酔部門主任、真興交易(株)医書出版部、2011)から、世界各国の無痛分娩について見てみたいと思います。
<米国での現状>
「アメリカでは8割以上が無痛分娩」という話をよく耳にしますが、この本の中では全出産に対する硬膜外麻酔による無痛分娩の割合は具体的には示されていませんでした。
記事の中では2001年までの統計が示されているのですが、2001年の段階で、大規模病院(年間分娩件数1,500件以上)の6%が、中規模施設(500件以上1,500件未満)10%、小規模施設(100件以上500件未満)12%が「無痛分娩を行っていない」とあり、私個人はむしろアメリカの大規模病院でも無痛分娩を行っていないところが6%もある事実が驚きでした。
ただし無痛分娩を行っている施設では、麻酔科医の当直とオンコール制をあわせて「ほとんどの施設で24時間対応が可能」となっているようです。
当然麻酔科医も不足しているので、24時間いつでも無痛分娩を行えるようにするためには分娩施設の集約化が必要になってくるということです。
ちなみに日本では、夜間は無痛分娩はせず無痛分娩希望者に日中の計画分娩にする方針の施設の話もよく耳にします。
無痛分娩は医療行為が増えるので、日中のスタッフ数が多い時に実施するほうがより安全といえるからです。
ところが計画分娩の前に、夜中に陣痛が起きてしまい麻酔を使えずに出産に臨むことになる場合もあるようです。
この「施設の集約化」の一方、アメリカでも「分娩への過度の医療介入を排して自然分娩を志向する産婦の増加」など分娩様式の多様化と、「人種や文化および社会階層の多様化」が特徴としてあげられています。
その部分を引用します。
最近の調査で、公的医療保険の受給者は私的医療保険の受給者に比べ、またヒスパニック系の女性はそれ以外の女性に比べて硬膜外麻酔による無痛分娩を受ける割合が低いことが示された。この調査では、人種の相違による無痛分娩の実施率に有意差は認めなかったことから、社会制度や医療制度が無痛分娩の実施率を規定している現状が示されている。(p.26)
<ヨーロッパとアジアの現状>
ヨーロッパの現状について、冒頭で以下のように書かれています。
1993年のEU統合に伴いヨーロッパでは医療や社会保障制度政策の統合が掲げられているが、現状でも国ごとに医療制度は大きく異なっているのが実情である。無痛分娩を取り巻く環境も然りで、フランスのように非常に普及している国もあれば旧東欧諸国のように全く普及していない国も多く、決して「ヨーロッパでは」と一括りにできるわけではない。
そのヨーロッパで最も無痛分娩が普及している国は「おそらくフランスであろう」とのことで最近の調査では硬膜外麻酔による無痛分娩の割合は60%を超えていること、24時間対応が普及していることが書かれています。
それ以外の国々について書かれた部分を引用します。
オランダでは自宅分娩やoutpatient clinicでの出産が約半数に達すると推測されており、病院で無痛分娩が行われることは非常に稀である。
ベルギーではフランスと同程度に硬膜外麻酔(CSEA*を含む)による無痛分娩が普及している。
(*CESA combined spinal epidural andalgesia:脊硬麻による鎮痛法)
英国では1990年代から"First class delivery"と称して、安全かつ快適な分娩を全ての産婦に提供する活動が行われ、その結果、無痛分娩が飛躍的に普及したとされている。現在では90%の施設で無痛分娩の24時間対応が可能となっているが、硬膜外麻酔による無痛分娩の割合は24%とされており、笑気が使用されることも多いようである。
ドイツの一般病院を対象にした1996年の調査では、硬膜外麻酔による無痛分娩の実施率はほとんどの病院で10%以下で、硬膜外麻酔による無痛分娩を一切行っていない施設も10%存在したと報告されている。
北欧の国々では近年、経済的に順調で国民の生活水準は高く少子化にも歯止めがかかっているが、無痛分娩の普及率は必ずしも高くないようである。著者が留学していたデンマークでも麻酔科医が不足しており、麻酔科医が個人の生活を犠牲にしてまで時間外の無痛分娩に対応するようなことは考えられず、その結果、無痛分娩はあまり普及していなかったようである。
南欧の国々での無痛分娩の普及状況も多様である。1999年のイタリアの報告では、硬膜外麻酔による無痛分娩を24時間体制で対応している病院は20%以下で、無痛分娩が十分に普及していない状況が窺われるが、2006年のスペイン報告では、カタロニア地方では経膣分娩のほとんど全ての症例で硬膜外による無痛分娩が行われているとされている。
アジアに関しては、香港で硬膜外分娩による麻酔分娩の実施率が15%とアジアの中では高いのですが、「香港に居住する外国人を対象とするある私立病院では実施率が80%を超えるのに対して、中国人を対象としたある私立病院では2%にすぎなかった」というように、人種間での実施率の違いが大きいことが書かれています。
「世界各国での無痛分娩の現状」(p.24〜)では、以上のような話がざっとまとめられていました。
それを読むと、「世界中では麻酔分娩が行われているのに、日本では・・・」とはいえないほどさまざまであると思います。
そして世界中でたとえば6割以上の出産で硬膜外麻酔による無痛分娩を実施している国のほうが稀少で、多くの国がほとんど実施されていないかしていても10〜20%程度であるのではないかと思います。
国別の差だけでなく、同じ国でも施設間によって差があることが推測できます。
また出産が始まったらいつでも硬膜外麻酔分娩をできるようなシステムには、分娩施設の集約化という点がポイントではないかと思いますが、これについてはまたゆっくり考えてみたいと思います。
そしてアメリカをのぞけば、出産費用が基本的に無料である国での実施率が高い印象があります。
これは当然といえば当然な理由ではないかと思います。
もうひとつ「人種間」という表現に示されるように、移民を多く受け入れる国では麻酔分娩の方が多様な言語や行動に対応しやすいという点もあったのではないか推測します。
さて、日本ではどうでしょうか?
この本に書かれている内容を紹介しながら次回考えてみたいと思います。
「無痛分娩についての記事」まとめはこちら。