お産に対する気持ちを考える 2  <世界各国の無痛分娩 1>

世界各国で全分娩に対して無痛分娩がどれくらいの割合で実施されているかという統計は、私のような研究者でもない臨床で働く助産師の立場ではなかなか把握することができません。


「欧米では8割が麻酔だ」「日本は遅れている」という話を聞くこともあれば、「いやそこまでは選択されていない」と立場や考えが異なれば産科医からも違う答えが返ってきます。


今回の記事は、「無痛分娩の基礎と臨床」(角倉弘之著、国立成育医療センター手術集中治療部産科麻酔部門主任、真興交易(株)医書出版部、2011年)を参考にしたいと思います。


まずは「はじめに」の部分を引用します。

 移動手段や通信手段の発展と共にさまざまな分野で全地球規模の標準化が進行しているが、無痛分娩の方法や普及率は現在でも世界各国で大きく異なっている。その原因として、分娩に対する考え方は人種や民族、文化的背景、社会情勢、医療制度などに大きく影響されることがあげられている。本邦では他の先進国に比べ無痛分娩の普及率が低いとされているが、人の移動の国際化や情報の伝達に伴い、無痛分娩を希望する産婦は確実に増えている。


「分娩に対する考え方は人種や民族、文化的背景、社会情勢、医療制度などに大きく影響される」
これは「医療介入とは 49 <赤ちゃんを『取り上げる』こととトリアゲバアサン>」あたりからの資料で紹介してきたように、出産に医療が入るかどうかで出産に対する考え方が大きく変ることがわかります。


そして「先進国の日本」でもまた出産の医療化はわずか一世紀の話であり、さらに半世紀前までは無資格者の分娩介助が残る地域がありさまざまな因習と闘っていたわけです。


<医療と経済レベル>


また近代産婆や助産婦が出産に医師による医療を引き入れたくても、それを困難にさせていたのが経済的な理由だったのは、「近代産婆の資料1 開拓産婆」「近代産婆の資料2 信州の産婆」あたりでかいてきたように、「出産にゼニをかける必要はない」と言わなくてはならない貧しさが日本にも当然ありました。


「助産師だけでお産を扱うということ1 <日本で助産婦が出産の責任を負っていた頃>」の中で「WHO、乳児死亡率、新生児死亡率、国別順位(2011)」を紹介しました。
http://memorva.jp/ranking/unfpa/who_2011_neonatal_infant_mortarity_rate.php


世界188カ国の中で、「先進国」の医療レベルにあたる国はどれくらいなのでしょうか。


日本の周産期死亡率や妊産婦死亡率の低さが世界中でトップであることは私自身もその中で働いてきて誇りに思うとともに、この表を見ると違った意味で喜べない自分に引き裂かれる思いがするのです。


1980年代に東南アジアとアフリカで働いてたことがきっかけで、もう少し世界を見てみたいと、まとまった休みがとれるとある国へ出かけました。


開発途上国と言われる国では、国内の経済格差は日本とは比較にならないほどで驚かされます。
都市部の経済的に豊かな人たちの地域と、周辺の農山漁村では生活が全く違います。
1割の富裕層と9割の貧困層というのが実感としてわかります。


その国の地方で助産婦をしている私の友人は緊急帝王切開だったのですが、彼女の年収に等しい手術料を親戚から借金をして出産しました。


もし、お金がなければ・・・。


その友人は馬かバイクでしか行けないような辺境の少数民族の村などへの巡回医療をしていたので、以前は時々同行させてもらいました。
途中までバイクで、あとは2時間ぐらい徒歩でようやく村にたどりつくようなところです。


子どもたちに肺炎のような症状があっても、わずかばかりの解熱剤を渡すのがせいいっぱいでした。
私にはその子を都市まで連れて帰って病院で治療を受けさせるお金ぐらいはある、でもそれをして何になるのか。
それは単に自分の自己満足に過ぎないのではないか。
そうした巡回医療に同行することも自己満足ではないか。
さまざまな葛藤を抱えては、そうした村から戻ってきました。


休暇が終わり出勤すると、日本の病院の物の豊富さとのギャップにまたくらくらとします。
あの村でのどから手が出るほど欲しかった鎮痛剤やビタミン剤、あるいは抗生物質が何の不自由もなく供給されています。


あ、でもここは日本なのだ、と気持ちを切りかえるしかないのでした。
そして日本には日本の医療の問題があり、それに自分は立ち向かうしかないのだと。


ですから、「世界中には出産の異常時に医療の恩恵に預かれずに、命を失ったり健康を阻害される母子がたくさんいる」のだから「それに比べて硬膜外麻酔分娩は贅沢だ」というわけではありません。


日本には日本の中で硬膜外麻酔による分娩を必要としている産婦さんもいるのです。


ただし、医療には経済的な基盤が必要です。
日本の場合、出産は基本的に自費診療になります。
ですから硬膜外麻酔分娩も自費です。


私たちがどんなに「この経過なら麻酔を使ったほうがよいのに」と思っても、10万円前後の費用の負担を負わせることになってしまいます。
夫や家族に負担をかけたくないという気持ちで耐えている方もいらっしゃるのではないかと思います。


「出産にゼニをかける必要はない」
どうしたら本当に日本だけででなく世界中で無痛分娩が必要な人が、お金を気にせずに受けることができるようになるのでしょうか。
そんなことを考えながら、冒頭で紹介した本の各国の現状について次回紹介してみようと思います。





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