行間を読む 15 <会陰切開や裂傷についての文献から>

前回の記事で1980年代には世界各国で、会陰切開に対する見直しが始ったことを書きました。


その背景には、それまでの自宅での分娩から施設分娩へと出産が医療に組み込まれていくことを社会が受容する過程での、産む側や分娩介助する側それぞれの葛藤が医療介入という言葉で表現された時代だったのではないかと思います。


会陰切開もそのひとつだったといえるでしょう。


1988年に「会陰の切開と縫合」(ペリネイタルケア増刊号、メディカ出版)が出版されましたが、その中には会陰切開に関する国内外の文献が紹介されています。
今回はその本を参考にしながら、あれこれ考えてみようと思います。


<会陰切開術はいつ頃から始ったのか>


ヒトの出産は人類始って以来、会陰裂傷や産科フィスチュラに悩まされてきたのだと思います。


ひどい裂傷を起こさないように、あらかじめ会陰に切開を入れる。
そのような技術がいつ頃から考えられ広がったかについて、上記の本の「会陰切開ーそのはじまりと変遷」に書かれています。

 1742年、Ouldが初めて会陰切開術(正中切開)を難産に際し報告して以来、Mlchaelis(1799)が中央切開について言及した。「episiotomy」という用語は、Braun(1857)により最初に提唱され、アメリカへの本術式の導入は、Taliaferro(1851)により行われ、最初の論文が1852年に報告されている。しかし当時のアメリカにおいても普及しなかった。

 本術式の提唱は、その後ドイツにおいて、Credeら(1864)により行われている。1900年代に入るとアメリカにおいて、Stahlらなど外科医により認められたが、一般にはほとんど受け入れられなかった。その理由は、麻酔の適用がなく、感染率が高かったためである。

その後、1950年にはアメリカでの施設分娩は全体の80%以上になり、「麻酔の導入、感染症の管理、帝王切開分娩、鉗子分娩などの導入進歩は、会陰切開術の積極的導入」をもたらすことになったようです。

第二次大戦後のアメリカでは、会陰切開術は一般化され、1979年では62.5%に及んでいる。

1979年というと、日本ではアメリカから30年ほど遅れてようやくほとんどのお産が医師のもとで行われるようになった時代(リンク先のp.4)です。


日本で1980年代当時、どれくらい会陰切開術が行われていたのかという統計はこの本には書かれていませんでした。


<会陰切開術が見直された背景>


高率に行われていた会陰切開がアメリカで見直され始めたことについて、以下のように書かれています。

 分娩時の会陰切開縫合術は現在アメリカでも62.5%に常用され、わが国でもルチーン化され高率に適用されている傾向にある。しかし、White(1968)によれば、その必要性は10〜20%のみであるという。近年、分娩時の体位における座産やラマーズ法の導入など、分娩時の管理方法が自然かつ生理的な母体の要求を満足させる方向にある。こうした背景からも、会陰切開のルチーン化が、母児にとって有意義なものかどうかを再検討してみる必要がある。

ラマーズ法を広めたLamaz Internationalという団体についてはこちらこちらの記事で少し書きました。


アメリカというのは無痛分娩から自然分娩への動きも、ミルク授乳から完全母乳への動きも、まるで黒から白へ、白から黒へと反動の激しい国だと感じますね。


いずれにしても1980年代のアメリカでは、会陰切開について医学的な考え方から、文化人類学、女性の心理、フェミニズムなどさまざまな視点からの議論があり、海外文献としてこの本の中にも収められています。


<1980年代から90年代の日本での会陰切開術>


さて「わが国でもルチーン化され高率に適用されている傾向にある」と書かれていますが、1980年代終わり頃の日本の産科施設ではそれほど高率に実施されていた印象は私にはありません。


私が勤務していた総合病院の産科医は、むしろ「裂けたら裂けたでいいよ。後で縫うから」という感じでした。
分娩介助記録を見直してみても、心音が下がって娩出を急ぐ必要がある場合や、あきらかに大きな裂傷がいきそうなほど赤ちゃんの頭が大きい場合などに限られていました。


正確な国内での実施率の統計が見つからないのですが(統計自体がない可能性が大きいのですが)、感覚としては初産婦さんなら2割ぐらい、経産婦さんなら1割ぐらいの実施率だったように感じます。


もちろん、ハイリスク分娩が多かったり、学生の教育機関である大学病院などでは「高率」だっただろうと思います。


そして、この頃からアメリカの産科学の影響が大きくなってきたのか、初産婦には必ず会陰切開をするという考え方が、アメリカの動きに20〜30年遅れで日本に広がってきた印象があります。


ただし考え方が遅れているというのではなく、こちらの記事で書いたように、分娩監視装置(CTG)によるより安全な分娩のモニタリングが進んだことと30代初産が急増したことが背景にあるのではないかと思います。


「会陰切開が必要か見直す」時代からまた少し変化して、見直すことを見直す必要になった時代といえるのかもしれません。






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