数字のあれこれ 6 <濃度と流量>

日常生活や仕事の中で、濃度をいつも意識している人はどれくらいいらっしゃるのでしょうか。


仕事上、薬剤や消毒液を取り扱っていますが、ちょっと間違えれば重大事故に結びつくので、「濃度」と聞くだけで体中が緊張します。


とりわけ静脈注射や点滴投与が一般的になり、看護業務のかなりの割合がこの薬液投与に関する看護に比重が移ったと言っても過言ではない、この30年程の変化でした。


医師の指示を確認し、薬品を準備し、調剤する。
調剤した点滴を患者さんに指示通り実施する。


この手順のどの箇所のミスでも、薬液によっては、時に死へと直結するような医療事故が起こる可能性があります。


90年代初めの頃までは、医師が指示を出した薬液を、看護師が準備して、看護師が調剤、そして注射を実施することが一般的でした。


90年代半ば頃になって、リスクマネージメントが医療に浸透するようになってから、総合病院では各病棟に薬剤師が配置され、医師の指示を看護師が実施するまでの途中の段階で、準備と確認をしてくれるようになりました。


指示通りの薬品を、病棟担当の薬剤師さんがその患者さんに適したものであるか、薬品は間違っていないかチェックし準備してくれるようになり、看護師の負担はだいぶ軽減されました。


似たような名称の薬品や、同じ薬品でも濃度や単位が異なる製品がたくさんあります。
また新しい治療法がどんどんと取り入れられるようになり、病棟内で管理する薬品の種類も増えました。


新しい治療法に対する看護の手順作りや看護職に対する研修が追いつかない中、医師の指示通りの治療を実施するのがやっと、という看護スタッフが多いのではないかと思います。


正確に指示通りの点滴などを実施する。
それはもちろん患者さんのために重要なことなのですし、その治療や薬品はどういうものなのかについての知識は当然、私たち看護職にも必要です。


ところが、「濃度」に関して、医師と看護職の気持ちの差・・・とでもいうのでしょうか、それが大きいのかなと時々感じることがあります。


<濃度と速度>


産科では他科に比べると使用する薬品は少ないのですが、投与方法を間違えると母子二人に重大な影響を与えることが特徴ともいえます。


その代表が、分娩誘発に使用するアトニンという促進剤と、反対に、塩酸リトドリンやマグネゾールという子宮収縮を抑える薬剤で切迫早産に使う薬品です。


どちらも輸液ポンプを使用して、正確に投与しなければならない薬品です。


アトニンに関しては、だいぶ前から産婦人科ガイドラインのp.269に書かれているような投与方法が標準化されています。


ガイドラインには以下のように書かれています。

5単位を5%糖水、リンゲル液あるいは生理食塩水500mlに溶解

この「(アトニン)5単位」というのは、通常1mlで1アンプル(ガラスの小さな容器)に入っています。


開始投与量
1〜2ミリ単位/分
(6〜12ml/時間)

アトニンを開始した直後でも胎児にストレスがかかることがありますから、最初の投与量が規定されています。
開始後、徐々に、通常30分ごとに増量していきます。

増量方法
30分以上経てから時間あたりの輸液量を、6〜12ml(1〜12ミリ単位/分)増やす。


そして点滴量の最大投与量も規定されています。

最大投与量


20ミリ単位/分
(120ml/時間)


数字自体はたいした大きさではないのですが、初めて読む方は、これだけでもチンプンカンプンではないかと思います。



<指示方法はできるだけ簡便に>


アトニンに限らず、点滴の投与方法は濃度と流量速度の二つの視点があります。


上記のアトニンの投与方法ですが、私もそうなのですが、大半の産科看護スタッフは「流量」だけを記憶しているのではないかと思います。


濃度を表示した「ミリ単位」まで暗記するほうが知識としては正確なのですが、実際に私たちの業務では、「5単位1アンプルを5%糖水500mlに入れて、輸液ポンプで時間12mlから開始する」という流量が業務として大事な部分になります。


ですからほとんどの産科医の先生はこの流量で指示票を書いてくださっていると思います。


ところが、子宮収縮抑制剤の塩酸リトドリン(ウテメリン)になると、まだ濃度での指示を書かれる先生方もいらっしゃいます。
「周産期の治療薬マニュアル」(東京医学社、2013年)にはウテメリンの投与方法は以下のように書かれています。

点滴静注の場合は5%ブドウ糖液または10%マルトース液500mlにリトドリン1〜2A(50〜100mg)を希釈し、50〜200μg/分で投与する。


だいぶ前のことですが、濃度でしか指示を出さない先生がいたので、「先生、何アンプルで、時間何ミリリットルで書いていただけますか?」とお願いしたら、「看護師は皆、計算ができないからね」と言われたことがありました。


いや、私はたしかに数字が苦手なのですけれど、業務の中では流量にしてくださったほうが間違いが防げると思うのです。


だって輸液ポンプは速度表示ですし、点滴の交換をしているときにも看護スタッフは同時にお母さんや赤ちゃんの様子を観察したり、ケアをしているのですから。



アトニンやウテメリンの指示票をみるたびに、医師と看護職の視点の違いなのだろうなと思っています。


まあ私はそんなことを言われても「私たちの仕事が見えにくいのだろうな」ぐらいでスルーできますが、人によっては「馬鹿にされた」と感じて思わぬ気持ちの隔たりを作ってしまうかもしれませんね。



助産師の世界の「自律した助産師」といった言葉も、そんなわずかな気持ちのすれ違いに理由があるような気がするのですが。


あれ?数字の話が横道にそれてしまいました。
数字に気持ちが入るとやっかいなことにもなる、という話にしておきましょうか。







「数字のあれこれ」まとめはこちら