母乳育児という言葉を問い直す 21 <「母乳育児」と適切な「医療介入」・・・同じことを繰り返しているのでは>

今回は、「母乳育児という言葉を問い直す 19」で紹介した毎日新聞の記事の、「母と乳 第3部 生後のリスク/中 医療者の適切な介助を」を続けて考えてみようと思います。


全文を引用します。

第3部 生後のリスク/中 医療者の適切な介入を
(2016年4月15日)


<母と乳(ちち)>


「粉ミルクを足していれば・・・・という思いにさいなまれて。医療が発達した今の時代でも、運が悪かったと言うしかなかないんでしょうか」



生後3日目に異変


 異変は生後3日目に起きた。唇を紫色にさせ激しく泣く次男に看護師が気づいた。診察すると、生後40ミリグラム以上が目安とされる血糖値が、0〜1ミリグラムに落ち込んでいた。ブドウ糖の点滴で血糖値は安定したが脳には後遺症が残った。


 3歳の時にはおたふく風邪による急性脳症になった。医師からは「発達に異常にある子は脳症にかかりやすい」とも聞かされた。脳に重い障害を負い、次男は6歳になる今も寝たきりだ。


 ヘルパーの手も借り、つききりで介護する。どのに詰まらせない軟らかい食事を毎食作り、体重17キロの息子をそっと抱きかかえて風呂に入れる。女性はフルタイムの教員をやめ、パートの非常勤講師となった。現実を受け入れられず一時は、二人で死にたいとまで思い詰めた。通勤電車から病院を眺めるたび、記憶がよみがえり苦しくなった。

 別の病院で長男を出産した時は違った。母乳不足とわかるとすぐミルクが補足された。よそで産んでいれば・・・。やり場がない思いがよぎる。


 「赤ちゃんの最初の5日間は親子の人生が決まる時。医師や看護師さんには例外的な症例かもしれないけれど、私たちにとっては大切な息子なんです」。女性は言葉に力を込めた。


全文を先に紹介した方がよいかと思ったのですが、ここで一旦くぎった理由があります。


たしかにかなりの低血糖だった事実とそれによって何らかの脳への障害を負ったことと、おたふく風邪による脳症と介護の話を同じ記事で紹介すると、おそらく「怖い低血糖⇒(おたふくかせによる脳症)⇒寝たきり」と、()内の事実をスキップして一般の人には印象に残りやすいのではないかと危惧したからです。


その施設ではどのような授乳体制だったのか、糖水やミルクを全く補足していなかったのか、それはどのような理由だったか。
スタッフは、その方針をどのように理解していたのか、この赤ちゃんの件があってからどのようにその認識は変化し、対策をとったか。
あるいは認識は変化せず、「まれなことで普通は起こらない」としているのか。


そのあたりに、「医師や助産師さんには例外な症例かもしれないけれど、私たちにとっては大切な息子なんです」というこの方の気持ちへの鍵があるように思います。


<「原因は栄養不足」と断定はできない新生児の複雑さ>


原因は栄養不足


 産後間もない乳児が低血糖や脱水に伴う高ナトリウム血症になる事例が近年、報告されている。
母乳が足りず水分や栄養分が不足した状態だと、トラブルに陥るという。


 現場で安易にミルクを出さないのには理由がある。飲みやすい哺乳瓶に慣れてしまうと、母乳になじみにくくなる。一方、母乳が少ない間は糖水やミルクを与えるべきだとの考え方もある。母乳育児と新生児の健康管理をどう両立させるか・・・。現場では模索が続く。


 関西医科大学付属病院の大橋敦准教授は、生後2日目で低血糖と高ナトリウム血症で救急搬送されてきた新生児を治療した経験を持つ。2534グラムの出生体重が、搬送時には13%減って2214グラムになっていた。


 赤ちゃんは母乳しか与えられていなかった。神経細胞の損傷につながるむくみが脳の一部に見られ、ブドウ糖の点滴投与などで改善した。母親に糖尿病や出産時の異常はなく、新生児にも先天的な病気はなかった。大橋准教授は「母乳分泌が少ないにもかかわらず、他の栄養補給がなかったため」と結論づけた。


 世界保健機構(WHO)と国連児童基金ユニセフ)の「母乳育児を成功させるための10か条」は「医学的に必要ない限り、母乳以外の栄養、水分は与えないようにすること」と定める。大橋准教授は「現場では、何らかの栄養補給が必要なケースに多く遭遇する。今回の症例は非常にまれだが、母乳だけではリスクが伴う」と話す。


 関西医科大学付属病院では、母乳分泌が十分でない時、新生児の呼吸が確立し、水分を飲めるようになる生後6〜9時間前後をめどに糖水補給を始める。母乳育児の進み具合によってはミルクも補給する。 

点数化、現場で共有


 前述の「10か条」を守り、WHOとユニセフから、母乳育児を推進する「赤ちゃんに優しい病院(BFH)」に認定される病院の中には、母子の客観的な評価を通じ、リスクを講じたところもある。


 小児科医の田村賢太郎氏によると、BFHである富山県立中央病院では08年、母乳育児の進み具合を数値化させていた。母乳分泌量や疲労度といった母の状態と、乳房への吸着や体重など子の状態を項目ごとに点数をつけ、スタッフで共有。この点数と診察所見などから、栄養が必要か判断していたという。


 田村医師は「きめ細かく母子の状態をチェックできるのは、小児科を併設する総合病院や人員豊かな産院に限られるが、医療者の適切な介入は欠かせない」と指摘。「母乳育児はリスクが生じるケースをどう見分け、どう対応するのかという対策とセットで推進されるべきだ」と警鐘を鳴らす。


高ナトリウム血症状


血清中のナトリウム濃度が高くなる状態で、脱水が疑われる症状の一つ。新生児の場合、生後数日にわたり母乳が十分飲めないことが原因になることがある。適切な対応をせずに症状が続くとけいれん発作や頭蓋(ずかい)内出血などの合併症を引き起こす可能性もある。



ミルクや搾乳で脱水改善


 富山大学付属病院周産期母子センターの田村賢太郎医師らは2010年、新生児の体重が10%減少した場合、高ナトリウム血症性脱水のリスクが高まるとの論文を発表した。


 2008年7〜12月に富山県立中央病院で生まれ、入院していた新生児227人のうち、主に体重減少10%を理由に血液検査された子ども47人の診療結果をもとに調査。大半が生後3日以内の検査で、4割弱の18人に高ナトリウム血症を認めた。母乳を搾った状態で与える搾乳か、ミルクの補足で脱水は改善した。新生児227人のうち、直接母乳のみは154人、搾乳を補足したのは37人、ミルクを必要としたのは36人だった。


新生児はまだまだ出生後からの変化や新生児の「生活」が十分に観察されていないので、大人の主観で判断されている部分がほとんどであるといえるでしょう。


たとえば「飲みやすい哺乳瓶に慣れてしまう」という一般論も、見方を変えれば母乳と同じ吸い方をしているだけ であったり、経産婦さんの赤ちゃんは哺乳瓶と同じような吸い方であることもなかなか見えずに、大人の「出てないのでは」「うまく飲めないのでは」のような不安といった気持ちで「事実」の見え方も変わります。


ましてそれを「数値化」することはあまり意味がないのではないかと、私は思います。
数値化はわかりやすいかもしれませんが、数値にしずらい疲労度などを数値にして「わかった気になる」ことの弊害の方が大きいのではないかと思います。


だいたい、新生児が啼けば「おっぱい」「お腹がすいた」としか通訳されていないのですから。


<何かに似ている・・・「医療介入」>


さて、227人中47人、つまり5人に一人が出生時体重から10%の体重減少というのは、私の臨床経験から言えば想定外の高さでした。


生後2〜3日目ぐらいまで、ミルクをそこそこ補足している施設では、−10%になる赤ちゃんというのはもっと少ないからです。「もっと」というのは感覚的には40〜50人前後に一人かそれ以下という感じです。正確な数値がなくて申し訳ないのですが。


そして3日目ぐらいを境に新生児の飲み方も変化しますし、哺乳瓶での補足回数も減らすこともできます。
あるいは、少し黄疸が長引いていたり、初産婦さんであれば生後2〜3週間ぐらいまではミルクの回数や量が多めでも、1ヶ月健診あたりでまた次の段階に入るので、哺乳瓶でミルクを足すことを躊躇するスタッフもいません。

 
お母さんたちも、ミルクを使うことで少し休息が取れる方もいらっしゃいます。


あ〜あ、この既視感は何か。
それは「女性には産む力がある。だから不必要な医療介入をさせない」といった、自然な出産運動と同じ。


なんだか私も一時期、不必要な医療介入をしないようにしなければという気持ちの方が強くなってしまったのですが、結果、それで危険な状況にヒヤリとしたり、実際にこんなことが起こるのかという他の人の経験から、「不必要な医療介入とはなにか」と突き詰めて考えるようになりました。



その後、こんどは「完全母乳」の流れとともに不必要なミルクや哺乳瓶の弊害といった言葉が広がり始めました。
周産期スタッフの心のどこかにささり、本当は必要なことにも躊躇させてしまったのではないかと思います。


あるいは、「今までが間違っていて、自分たちは正しいことを見いだした」という信念になってしまうのか。


あの出産の流れににているなと。



生後2〜3日目までの新生児のひとりひとりの変化を見極めるのは、本当にむずかしいものがあります。


百人いれば百通りのお産があって、分娩介助に「これが万能」という方法論がないように、百人いれば百通りの赤ちゃんの変化があります。


そこからどのような法則を見つけるのか。


やはりあまり理論化を急がないほうがよいのではないかと思いますし、次々と現れる授乳の方法論に飛びつかないほうがよいのではないかと思えるのです。




「母乳育児という言葉を問い直す」のまとめはこちら。