母乳育児という言葉を問い直す 5 <補完食とカップフィーデイング>

東日本大震災の時に、どこからともなくネット上で「哺乳瓶は使わないで」「新生児でも紙コップでの授乳が可能」といった情報が伝わってきて驚いたことはこちらの記事で書きました。


たしかに「哺乳瓶を使わなくてもミルクを飲ませることができる」というのは、「目から鱗」的な情報かもしれません。
でも、被災地で使い捨ての紙コップが潤沢に手に入るはずがないという常識的なことが想像できれば、普通はこういう情報を流そうとは思わないことでしょう。


それだけ未曾有の被害を受けたことに社会全体が動揺したこともあると思いますが、私には違う背景があることがすぐにわかりました。
それは新生児から乳児期まで液体から固形物を摂取できるようになるための発達段階よりは、完全母乳に重きを置いた考え方の広がりです。


そして「補完食」にもつながっています。


<液状の栄養から固形物を摂取できるようになるということ>


厚生労働省の「授乳・離乳の支援ガイド」の「離乳編」を紹介しましたが、摂食行動の自立に関しての部分を再掲します。

離乳とは、母乳または育児用ミルク等の乳汁栄養から幼児食に移行する過程をいう。この間に乳児の摂取機能は乳汁を吸うことから、食物をかみつぶして飲み込むことへと発達し、摂取する食品は量や種類が多くなり、献立や調理の形態も変化していく。また摂食行動は次第に自立へと向かって行く。


ほとんどの赤ちゃんがこの「乳汁を吸う」能力を獲得して生まれてきます。
当たり前のことのようですが、日々接している新生児をみてこの「吸う」ということがどれほど巧妙な動きであるか「新生児にとって『吸う』とはどういうことか」で書きました。


ストローで吸うのとは全く違い、舌と口全体を使って乳首を「巻き込んでいく」「絡めとっていく」という感じです。
そしてただ飲んでいるだけでなく、腸蠕動を待ち、消化・吸収・排泄も同時に「吸いながら」していることは、「新生児の哺乳行動とは」で書きました。


そしてただ栄養を摂るために飲むだけでなく、お腹の動きをまったり眠りにつくまでの浅いくちゅくちゅした吸い方が必要なので、哺乳瓶と人工乳首が必要とされ、開発されてきたのだと思います。


早産の赤ちゃんや口唇口蓋裂の赤ちゃんなど、この巻き込んで吸う力が十分でない場合の授乳は本当に大変であることはその養育者の方々や周産期関係者であれば理解できることでしょう。


この舌で乳首を巻き込んで液状の栄養を嚥下する段階から、固形物を摂取できるまでには、急には踏み越えられない発達の段階があり、それに応じた食物のあげ方をすることが「離乳のケア」ともいえることでしょう。


カップフィーデイングの背景にある矛盾した考え方>


以前から、新生児や乳児に哺乳瓶以外のものを使って母乳やミルクをあげざるを得ない場合がありました。おっぱいが大好きで、一切、人工乳首を受け付けてくれない場合です。
K2シロップをあげたくても、哺乳瓶だとがんとして口をあけてくれません。あるいは、それまで母乳だけだった赤ちゃんが入院した時に、哺乳瓶を全く受け付けないのでスプーンでなんとか時間をかけて飲ますこともありました。


紙コップでミルクを飲ませられることは驚くことでもないのですが、この方法が広がった背景には驚きました。


「乳頭混乱」という医学的コンセンサスのない言葉です。「出生直後から哺乳びんを使用した場合、児が乳房を吸わなくなる」としています。

はっきりとした機序は不明であっても、出生直後から哺乳びんで人工乳を飲ませることで、児が乳房を吸えなくなり、母乳の確立が阻害される例があるのは間違いないことであり、補足が必要な場合は可能な限りカップフィーデイングなどの方法を試みるべきであろう。


ほとんどの赤ちゃんが哺乳瓶も直接授乳も両立できているのに、なぜ新生児の吸う機能を遥かに超えたコップで飲ませることがよいとされるのでしょうか。


「母乳育児支援ガイドライン」(日本ラクテーション・コンサルタント協会、2007年)の同じ本の中で、「補完食の開始時期」の「3. 摂食嚥下機能の発達からみると」では「乳汁以外の食物を開始する場合には、乳児の発達に見合ったものでなければならない。乳児期には母乳の摂取に適したさまざまな反射があるため、スプーンなどを受け入れにくい。吸啜反射が残っている時期にはスプーンを口にもっていっても、それに吸い付いてしまう」とも書かれてます。


それなのに、なぜカップフィーデイングが勧められるのでしょうか。
哺乳瓶と人工乳首に対しての必要以上の警戒感のような印象を受けます。


母乳以外を「補完食」と呼び変えたり、新生児や生後まもない乳児にはカップフィーデイングが勧められる背景には、「母乳育児成功のための10か条」がいまだに守るための掟のように立ちはだかっているから、その矛盾もそのままにされて新たな言葉が生み出され、あらたな方法論が作られるのだろうと思います。

6.  医学的な必要がないのに母乳以外のもの、水分、糖水、人工乳を与えないこと

9.  母乳を飲んでいる赤ちゃんにゴムの乳首やおしゃぶりを与えないこと


誰のための10か条なのでしょうか。
母乳育児支援をしている側の満足感のためのような気がします。





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