実験のようなもの 3 <「荒乳を飲ませない」「初乳は大事」>

少し間があいてしまいましたが、母子同室という言葉はいつごろから広がったのだろうと考えていた時に、きいろい月さんがご自身の体験を書いてくださいました。ありがとうございます。


きいろい月さんのコメントの中には、これから記事へと続けたいような視点がいくつか浮かんで来たのですが、まずそのうちのひとつを考えてみたいと思います。


さて、コメントにこんなことが書かれています。

私は、一人目のときも二人目のときも総合病院の産婦人科の大部屋に入院しました。産後数時間から母子同室で、同じベッドで眠るシステムでした。これが私は辛かったです。でも母なら「辛い」と思ってはいけないものだと思っていました。

カーテンで仕切られたベッドの上で、ひたすら黙々と赤ちゃんの体重を測っては授乳しまた体重を測り母乳を記入する日々。同室のお母さんたちも皆、細切れ睡眠の中で新生児と格闘しているのだから、赤ちゃんの泣き声で邪魔をしてはいけない、早く泣き止ませなきゃと思いながらも、出ない母乳のせいなのか他の要因なのか一向に泣き止まない我が子。ミルクを足せばきっと眠るとわかっているけれど、その分授乳回数が減って、記録を見た看護師さんにもっと頑張るよう言われてしまう。


おそらく周産期スタッフなら、この箇所を読んで「分娩後数時間からの同室」「添い寝」「大部屋での母子同室」「授乳ごとの母乳量測定」あたりで、何か改善点があるのではないかと考えるのではないかと思います。


私はちょっと別のことを考えていました。


ひろい世界には、「初乳を与えてはいけない」という文化や地域があります。
「初乳を与えない」、つまり授乳をしないのです。


産後2〜3日ぐらい、むしろ「授乳をしてはいけない。母乳を飲ませてはいけない」と言われるお母さんたちは、その間、赤ちゃんと一緒にいて何をしていたのかな・・・と。


<初乳が「荒乳」とみなされていた>


舌小帯切除についての記事で、日本小児科学会が出した調査結果の中に、「そのような類いの学問的根拠のない習慣」として、初乳を荒乳として捨てていたり、乳児をこけしのようにぐるぐるに巻いていたことがあげられていることを紹介しました。


この「初乳は荒乳として捨てられていた」ということを私が知ったのは、助産師になった1980年代後半以降のことでした。


「へえー、もったいないことをするな」と驚いた記憶があります。
1970年代から80年代初頭に実習に行った産科病棟では、母子別室・規則授乳で、お母さんと赤ちゃんにとって初めての母乳授乳は産後1日目からという時代でしたが、すでに日本では初乳は大事なものであるという認識だったからです。


この「初乳を捨てていた」理由はどうしてだろう、どこの地域でされているのだろうと、いつも気にしながら海外の出産・育児について書かれた文献を見ていたのですが、ほとんど見つけることはできませんでした。


ダナ・ラファエル氏の本、「母親の英知 母乳哺育の医療人類学」(医学書院)で、インドの習慣に書かれた箇所があります。


1970年代半ば、インドのある村でのフィールド調査の報告にこんなことが書かれています。

インドのほとんどの若い母親がやっているように、スジャータも、産後3日間、本当の母乳が出てくるまでの間、赤ちゃんに乳を飲ませませんでした。その間、赤ちゃんには看護婦が哺乳瓶で砂糖湯を飲ませました。娘はジョテイと名づけられました。ジョテイを出産したのが診療所だったので、スジャータはインドで古くからあるならわしにあまり拘泥しないことにしました。たとえば、新生児にヒマシ油を飲ませて、腸内にたまっている汚物を出すのはインドに長く伝わる方法なのですが、スジャータはそれをやりませんでした。昔から母親は、本当の母乳が出るようになるまで赤ちゃんに1日に3回ヒマシ油を飲ませて腸内を清めるのです。

初乳に関しては、にがくて消化されないと皆信じているので、捨てる習わしになっています。産婦の母親が付き添っていれば、乳首に布をあてがい、押して、初乳を出す手伝いをします。赤ちゃんが本乳を飲むまでこれを1時間半くらいの間隔で3回から4回行います。


初乳は「本当の母乳ではない」と見なされたり、胎便を「腸内の汚物。清めるもの」というとらえ方があることを知ったのは、たしかこの本からで、20年ほど前のことでした。



この箇所を読んだ時には、「新生児にヒマシ油を飲ませて胎便の排出を促す」方法に驚き、そんなことをしてもちゃんと生きていることの方が強く印象に残りました。


今、この箇所を読み直すと、別の意味で興味深いと思いました。


このフィールド調査が行われた1970年代半ば、日本では母乳推進のための3つのスローガンが出され、おそらく赤ちゃんは3日分のお弁当を持って生まれてくるとか、「出産直後から一日に最低でも7〜8回は直接授乳をする」ことが広がりだしたのではないかと思います。


そして現在に至るまで、「母乳育児の成功の鍵は出産直後から頻繁に吸わせることで、母乳分泌量が増える」「吸わせないと出ない」という、信念ともいえるかたくなな方法論になって。


その二つの極端な方法を並べてみれば、「そこまでしなくても」あるいは「してもしなくてもかわらない」ことが実験的に勧められてきたといえるかもしれませんね。


荒乳について、もう少し続きます。




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