思い込みと妄想 36 <思いこみから目が覚めて常識に戻るまで30年>

医療ニュースサイトのm3.comに、米国産婦人科学会の「水中分娩に関する勧告改訂」のニュースがありました。


2014年に同学会が「新生児の水中分娩は、適切にデザインされた臨床研究の中でのみ行われるべき実験的な手法と考えられるべきで、つまり結論は『Don't do it.(行うな)』です」と勧告しました。


そしてさらに、「出産は陸上で」と勧告したというニュースです。


学会『出産は陸上で』【米国産婦人科学会】水中分娩に関する勧告改訂
国学会短信 2016年11月14日(月)配信


米国産科婦人科学会(ACOG)は10月24日、水中「分娩」は早期におけるいくつかの利点が示唆されているが水中「出産」は母親に利点がないだけでなく新生児に深刻な健康上のリスクをもたらすため、出産は「陸上で行うように」との勧告を改めて発表した。この改訂委員会声明(Committee Opinion)は、米国小児科学会(AAP)のと承認を経て「陣痛時と娩出時における水中分娩(Immersion in Water During Labor and Delivery)」というタイトルでObsterics & Gynecology誌11月号に掲載される。



同Committee Opinionの筆頭著者Joseph R. Wax氏は、水中分娩の分娩第1期における利点を認めた上で、「陣痛時を水中で過ごすことと水中で出産することを区別することが重要。水中での出産が新生児に利点があることを裏付けるエビデンスはない」と述べている。


分娩第1期の水中「分娩」には、陣痛時間の短縮、硬膜外麻酔の使用量抑制といった利点があることを認めた上で、ACOGは、陣痛時の母体と胎児の健康管理と安全確保のため、分娩第1期の水中分娩の提案を計画している病院および助産院に向けた勧告に以下を盛り込んだ。(1)適応を考慮するための厳密なプロセスの開発、(2)浴槽やプールの保守と清掃、(3)感染予防手順の遵守、(4)水中分娩中の妊婦の適切な感覚での監視、および(5)母体や胎児への懸念発生時には妊婦を浴槽から移動させること。


声明では分娩第2期の水中分娩(出産)については、安全性、有効性、および母体や新生児に体する利点のいずれも証明されていないことを強調。さらに、まれではあるものの、新生児への重篤な健康問題が報告されている。水中分娩の潜在的リスクには、母体および新生児への感染症リスクの増大、新生児の体温調節困難、臍帯損傷の可能性の増加、新生児が浴槽水を吸い込むことによる呼吸窮迫、窒息や発作の可能性がある。同学会は水中分娩に関する十分なエビデンスが確立されるまでは、ACOGは、出産は水中ではなく、陸上(on land)で行うことを勧告している。

助産師になってほどなく「水中分娩」という方法があることを知りました。
分娩介助していると、「水中で娩出された児の呼吸はどうなるのだろう」ということが最も不安であり、疑問でもありました。
「新生児が浴槽水を吸い込むことによる呼吸窮迫、窒息や発作の可能性がある」
「発作の可能性」は少しわかりにくい訳文ですが、いずれにしても第一呼吸の始まりとともに浴槽内の水を吸い込む危険性があるのは当然です。



ところが、当時、水中分娩を勧める人たちが書いた物には、「水中で娩出された児は、水面から空気に触れて初めて呼吸をするので、水を吸い込んだり、窒息したりはしない」と、どこを切っても金太郎のように書かれているのです。
私が不安に思う方が間違っているのかと、とても驚きました。


2009年にkikulogに出会った時に、「出産における自然と不自然」のコメント欄のやり取りで水中分娩について話が出た時に、どなたかが「カバじゃないんだから」と書かれたことで、ああ、私の疑問は常識的なものだったのだとホッとしたのでした。


「出産は陸上で」
当たり前ですよね。
ヒトの出産なのですから。


「水面に出て空気に触れるまでは呼吸をしない」
それが思いこみであり、ヒトの出産は陸上でするべきであるという常識が明文化されるまでに30年近くかかったのでした。



「水中分娩」に関連した記事。

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「水中分娩」の適応と要約
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