医療介入とは 85  <「水中分娩」の適応と要約>

前回の記事の中で、以前の私のkikulogへのコメントを紹介しましたが、その中に以下の部分があります。

産科では、母子ともに安全な分娩のために、さまざまな医療処置や医療機器が開発されてきました。


帝王切開と麻酔、鉗子(かんし)分娩など、どれも絶対に安全な方法はなく、その処置自体にリスクもありますが、母子の安全を守るために有益性があるからこそ、適応(その処置を行う理由)が明確にされ、世界中で行われています。


適応という日本語自体は日常的に使われているかもしれませんが、医学上のこの「適応」については医療関係者でないとなじみがない言葉ではないかと思います。


<「適応」と「要約」>


分娩誘発や産科手術にはかならず「適応」が決められています。


「産科手術」と呼ばれるものには、帝王切開だけでなく吸引分娩や鉗子分娩、無痛分娩も含まれます。


たとえば吸引分娩は、どのような判断によって実施されているのでしょうか?


「周産期診療指針 2010」(『周産期医学』編集委員会、東京医学社、2010年)から抜粋、引用します。

<吸引分娩の要約(抜粋)>


わが国における産婦人科診療ガイドラインでは、以下の四つの要約が設けられている。
1.CPD(児頭骨盤不均衡)がないこと
2.子宮口全開大かつ既破水
3.児頭が嵌入し、十分に下降している
4.妊娠35週以降

吸引分娩を実施するために、以上のような要約(条件)が書かれています。


ただし実際には分娩の状況により、あるいは初産・経産でも判断は異なりますから、「・・・いわゆる『吸引分娩の適応となる児頭下降度』をEBMの視点から定めたものはない」「さらに術者の習熟度と個々の患者における産道および娩出力を考慮して吸引分娩施行の可否を判断する」として、以下のような適応があります。

<吸引分娩の適応>


適応は以下の場合である。
1.分娩第2期遷延例および分娩第2期停止例
2.母体合併症(心疾患合併)などや重度の母体疲労のため、分娩第2期短縮が必要と判断された場合
3.胎児機能不全例


このように吸引分娩ひとつをとっても、「吸引分娩をするか、しないか」という判断のための基本的な考え方が標準化され、さらに「吸引分娩の手技と留意点」「吸引分娩の合併症」がまとめられています。


この吸引分娩の要約と適応のわずか7項目を標準化するまでに、「それまで人類が体験した」と大げさに書いても許されるほど、無数の分娩中の危険な経験が生かされているといえるでしょう。





<水中分娩の「適応」は明らかになったのか>


新生児を水中に産み落とすといういわば実験を積み重ねて、水中分娩の目的、そして適応は明確にされたのでしょうか?


水中分娩が話題になって20年以上が過ぎましたが、いまだに標準化されたものを目にしたことはありません。


あるクリニックのHPでは「発祥国のフランスではすでに禁止になった」と書かれていましたが、真偽のほどはわかりません。
昨年、水中分娩の創始者ともいえるミッシェル・オダン氏が来日したインタビュー記事で「水中では産み落とさずに、その前に出たほうがよい」とトーンダウンした発言が書かれていたものを読んだ記憶があります。どこに書かれていたのか思い出せず、不確かな情報で申し訳ありませんが。


やはり、水中分娩は産科の中で普遍的な方法として扱われなかったのだと思います。


この教訓から何かを学ぶとしたら、産科関係者は新たな出産方法をイメージだけで広げないようにするということではないでしょうか?


その方法の目的は何か、安全に実施されるための適応と要約が明確にされたのか。
そしてそれを実施する際の留意点と危険性は何か、明確にされているのか。


それがないものを勧めるには相当の慎重さが必要であり、相当の責任も負う覚悟が必要かと思います。


すでに適応と要約が明確になっている医療介入を行う場合でも、私たちの責任は重いのですから。